第12回『このミス』大賞 1次選考通過作品 ロストナンバー
一万円札を三億円で買う!
人気画家のアピールに秘められた真意とは?
財務省職員の奮闘を描く異色のパニック小説
『ロストナンバー』姉井嘘像砂
総理大臣・矢部大造の政策でデフレを脱し始めた日本。新進気鋭の画家・山岡達夫と銀座の画廊オーナーである三間信介は、奇抜なアイデアを実行に移すことにした。山岡の(盗まれた)想い出の一万円札を三億円で買い取るというのだ。かくして「WD376840D」の紙幣を求める人々が金融機関に殺到し、矢部は国家非常事態宣言を発令した。市民と機動隊の衝突で死者が出る中、財務省職員・岩崎浩之は驚くべき事実を突き止める。山岡は十七年前の在ペルー日本大使館占拠事件の関係者──政府に隠蔽された人質であり、件の紙幣番号は存在しないはずのものだった。
長所と短所がはっきりした作品である。特定の紙幣に賞金を賭けて経済パニックを引き起こし、別の目的を達しようとするアイデアは特筆ものだ。様々な“ロストナンバー”を物語に織り込み、大規模な陰謀を紡ぎ上げた構想も悪くない。プロットの牽引力は一級品と言えるだろう。その反面、リアリティの欠如は甘受するにせよ、表現力の低さには看過できないものがある。岩崎の変化が唐突に映る点など、人物の造型にも工夫の余地はありそうだ。リーダビリティを上げるための改稿を前提として(少なくとも記号の表記法はすぐに直せるはず)2次選考に残しておきたい。
(福井健太)