第12回『このミス』大賞 1次選考通過作品 ボクが9歳で革命家になった理由
政治家の孫が誘拐された。
身代金は日本の財政赤字額の991兆円。
犯人の狙いは? 決着は?
『ボクが9歳で革命家になった理由』八木未
日本の政治家の惨状、財政赤字への不安を訴える若者平岡ナオトのブログから物語は始まる。その中に小説ともいえない作文があり、20年前、9歳のときに北海道から東京のテレビ局へ行って、政治家に画面から訴えれば、今のような事態には陥っていないかも、という夢想も語られる。ブログに反応して集まるのが保育士の中川遥と大学生と保険会社社員。さあ、なにかをしでかすのか、と思うと、すぐに元副総理の孫の篠田雄真が誘拐されて、本筋が進んでいく。要求は991兆円だから、日本だけでなく世界のニュースにもなる。犯人は平岡ナオトこと伊藤直哉で、意外な仲間もいる。警察も着実に犯人に迫る。このあたり緊迫感に乏しくてハラハラドキドキしないのは刑事の人間設定にも問題がありそうだし、語り口の落ち着きすぎにも難が感じられる。なぜ誘拐されたのがその子だったのか、という点は偶然に頼りすぎでもある。
それでも楽しめたのは、次々とこまぎれで出てくる登場人物たちの生活感のリアリティと話のテンポの早さと、991兆円の要求というアイデアの奇抜さにある。現実離れした物語を必要とするほど、今の世の中に絶望しかかっている若い人の切実感は強いのだ、ということを強い説得力で示してくれるのがこの小説の良さかもしれない。とにかく現状がいかにひどいかを切々と訴えることに主眼があって、国の借金ばかりでなく、待機児童の問題などもうまく取り入れてある。
あと、誘拐された小学生の処理にちょっとオシャレなところがあって、終わり方も私は評価しました。なかなかよく考えられたタイトルだとも感じます。日本の危機的状況を小さいなりに物語にしてみようという意欲は新人らしいでしょう。
(土屋文平)