第12回『このミス』大賞 次回作に期待 膳所善造氏コメント
『愛を乞う傷跡』川井 よしゆき
『地図にない土地』水原 徹
『色々』織九野 智章
膳所善造コメント
一に推敲、二に推敲。1次を通過できるか否かは、推敲の回数にかかっていると言っても過言ではありません。締切ぎりぎりになんとか最後までたどり着いた原稿、調べたネタや思いついたエピソードをすべて盛り込んだ原稿。そうした未熟な叩き台が一次を突破することはまずありません。辞書を引き、言葉を吟味し、余計な描写を徹底的にそぎ落とし、引き締まった作品になるまで何度でも改稿して下さい。具体的な推敲の方法が解らない人、何回トライしても一次予選を突破できない人は、一度、ヘレン・マクロイが書いた「削除――外科医それとも肉屋?」(アメリカ探偵作家クラブ著/ローレンス・トリート編『ミステリーの書き方』[講談社文庫])を読んでみることをお薦めします。
さて、今回1次通過には至らなかったものの、光るところのあった作品を挙げておきます。
川井よしゆき『愛を乞う傷跡』は、文章力だけを見るならば1次を通過するレベルに達していました。投稿原稿にありがちな、だらだらとした状況説明や不自然で説明的な会話がほとんどなく、ぎくしゃくとした展開に陥らず最後まですんなりと読み進めることが出来ました。ただし設定に手垢がつきすぎています。児童虐待、近親婚、親殺しをテーマにした作品は巷に溢れかえっています。ミステリとしての仕掛けも弱い。加えて、すべてを企んでいた人物の行動原理が説得力をもって示されていないために、真相を明かされても困惑するばかりです。基本的な文章力はある方なので、次回はミステリとして練り込んだ作品を期待します。
水原徹『地図にない土地』は、不動産詐欺を核にしたミステリ。土地取引に関する複雑な法律や手続きを、門外漢にも解りやすく説明する手腕はなかなかのものです。もっともその面白さは、馴染みのない業界の小ネタを知ることで得られる面白さであり、そのネタを巡って物語を動かす人物に魅力がないために、小説としての面白みに欠けている点はいただけません。専門知識に頼りすぎない作品を期待します。
織九野智章『色々』は、今回、1次通過とした二作についで楽しませてくれた作品です。人は感情に応じた「色」をオーラのように発生させる。そして、その心の色を視ることができる〈心色師〉という特殊な能力を持った人々がいる、という特殊設定のミステリ。そんな能力に目覚めたばかりの主人公の青年が、亡き祖父の意志を汲んで能力を磨き、陰謀に立ち向かう。恋と謎とアクション満載。随所に下ネタが挿入される点も含めて、良くも悪くも少年マンガの必勝パターンのような物語は、読んでいて面白かったのですが、〈心色師〉が存在する社会が説得力を持って描かれていなかった為に、1次通過には至りませんでした。世界を根底からひっくり返すほどの力を持った人々が存在するにもかかわらず、社会や日常の描写が現実の世界と変わらないというのではリアリティがありません。徹底的に秘密とするのでもなく、周知の事実とするのでもない、なんとなくある状態でのドラマ展開は、手抜きと取られても仕方がないでしょう。センスはある方なので、捲土重来を期待します。