第11回『このミス』大賞 1次通過作品  羊が吠える

生ける屍「グール」が徘徊し、隔離された九州。
主人公たちに襲いかかる不法上陸者たちと、密室殺人――。
仕掛けとミスディレクションの利いた本格ミステリー

『羊が吠える』黒木隆志

 失礼な言い方ではあるが、ゾンビみたいな作品である。
 前回(第10回)の1次選考通過作品『世界の終わり』。2次選考で敗れたものの、後日談が再びやって来た。もっとも、私は前作を読んでいない。なので、本作の中で過去のできごとを語られても「だから何?」である。シリーズの途中から読み始めているようなもので、最初の心証はよろしくなかったことを告白しておこう。
 だが、そんなマイナスを作品の力ではね除けてしまった。
 7年前に起きた研究施設の爆発事故がきっかけで、生ける屍──グールが徘徊するようになった九州。性急な安全宣言は不法上陸者を増やしただけで、実質的に隔離された地域であることに変わりはなかった。博多の《遺品管理センター》に到着した白石たちは、不法上陸者たちの襲撃を受けて中洲のビル内に逃れるが、今度はその中で密室殺人事件が発生する……。
 密室殺人は起きるけれど、これは単なる本格ミステリではない。ここから事態は二転三転し、思いも寄らぬところへと着地する。襲撃と裏切りを描いた犯罪小説に転じたかと思えば、また次の瞬間には冒険小説へと移り変わる。そんな中で常に意識されているのは、読者を驚かせること。異なる人物の視点に立った叙述を付け加えるだけで、それまで見えていた物語の風景が一変する。その驚きを支えているのが、ゾンビものであることを逆手にとった仕掛けと、丁寧に埋設されたミスディレクションだ。
 読み進めるにつれて奥行きを増す世界。たっぷりの絶望で、小さな希望をコーティングしてみせるつくりも心憎い。しっかりした実力に支えられた、安心しておすすめできる作品である。

(古山裕樹)

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