第8回『このミス』大賞 2次選考結果 村上貴史氏コメント

 新人賞の予選委員をやっていると、「なんじゃこりゃ」という作品に出会うことが少なくない。冒頭を読んで「なんじゃこりゃ」。結末に至って「なんじゃこりゃ」。結末に至って、の場合は、それはもう上位の審査に推すことはないのだが、冒頭の「なんじゃこりゃ」は必ずしもそうではない。むしろ、冒頭の「なんじゃこりゃ」は確率的にはかなり低いものの、ときとして強烈なフックであることがあるからワクワクする。今回もそうであった。

 その代表例が太朗荘史郎の『快楽的・TOGIO・生存権』。時代背景も判らないまま、それこそ作者の一方的なペースで物語が進んでいく。そのマイペースに引きずり込まれている自分がいるのだ。決して心弾むようなエピソードではないのに、何故かページをめくっている。そして気付くともう作品の半ばまで到達しているという有様。後段にはいるといささかその緊張感に満ちた牽引力がゆるんでいくのだが、それにしても強烈な作品を読ませてもらったという満足感は残った。それこそ、吉村萬壱や渡辺球の小説を読んだ後に感じるような満足感が。最終候補に残ったのも当然といえよう。
 それとくらべると、他の最終候補作はいささかおとなしい。おとなしいが、まとまりがあるとも言える。そんななかでは、古井盟尊『死亡フラグが立ちました!』がなかなかにはじけていた。複数の筋が並列に走りつつ相互に関連していくという流れはさほど新鮮さがあるわけではないが、キャラクターとテンポがよく、一気に作品世界に引き込まれる(都市伝説雑誌の記者とヤクザ、異能の先輩のそれぞれが魅力的だ)。ちなみにこちらはタイトルが「なんじゃこりゃ」だったが、他の作品の題名に較べればインパクトがある分、救いがあった。
 タイトルに不満は残るが、彼此屋圭市『カバンと金庫の錯綜劇』の内容は愉しめた。まず物語の展開がリズミカルで心地いいし、それを支える文章もいい。暗号解読もなかなかとぼけた味わいで(もちろんそれなりに意外で)愉しめる。
 森山五丈『太陽に向かって撃て』は実によいタイトル。『明日に向かって撃て』の二番煎じ的なタイトルではあるが、結末にいたってこの『太陽に向かって撃て』がなんとも痛快で爽快なタイトルであることが判るのだ。作品の詳細は1次予選の選評に書いたとおりでありここでは割愛するが、冒険小説読みのベテランの厳しい視線を浴びつつも、2次選考を通過するだけの力を持った作品として評価された点を強調しておきたい。
 力量といえばやはりこの人。中山七里である。新人賞の予選で複数作を応募する投稿者の作品を読むことは珍しくないが、複数作品がいずれも優れた作品だったのは初めてのことである。それも、タイプの異なる2作品で、いずれもが上出来だった。こうした複数投稿を読まされると、プロとして量産のなかで質を維持していけそうな期待を抱かせる。その応募作だが、まずは『災厄の季節』から。連続殺人鬼「カエル男」が地方都市を恐怖に陥れるサスペンス小説として、まず十分な迫力を備えている。しかも後段に複数のどんでん返しが用意されているのだ。いささか作りすぎといえば作りすぎだが、ドンドンドンとくる勢いに圧倒された。そして最後の一行。ここまでやるか。嬉しい限りであり、評価を1ランク上げた。
 もう一方の『バイバイ、ドビュッシー』。ある種の技巧を凝らした作品であり、その点だけに関していえば改善の余地はあると思う。とはいえ、それ以外の点は文句なし。ピアノという楽器の持つ力、音楽の持つ力、人が生きようとする力。そうしたものをこの小説はきっちりと表現しており、そして技巧やらギミックやらではなく、その力で読者を結末まで引っ張っていくのだ。全体としては文句なしの2次予選通過作である。
 結果的に最終候補には残ったものの、作品の要素を並べただけでひねりのないタイトルに加えて、文体という面でも不満が残ったのが高橋太『鬼とオサキとムカデ女と』。京極夏彦をなぞったままの文体なのである。特徴のある文体だけに、その模倣を読まされるとうんざりしてしまうのである。うんざりしつつも、剣の使い手をはじめとするキャラクターの魅力はたしかにあり、他の選考委員が推すのを断固拒否するほどのレベルの低さではなかった。とはいえ、このままの文体で世に送り出すのには難しかろう。何らかのかたちで刊行されることになるのであれば、そのときこそ、自分の文章で綴って欲しいものである。
 というわけで最終候補7作品。2次選考に挑んだ際の自分のメモを見ると、最後の一篇を除いては、いずれも推そうと思っていた作品が最終に残ったことになる。

 それとは逆に推そうと思いつつも推しきれなかった作品も一つ。福井岳士『ライオントリオ』である。3億円を巡り様々な思惑が入り乱れる作品で、骨組みだけを見れば新鮮さはないのだが、語り口がよい。新人賞応募作を読んでクスクス笑わされる経験など滅多にないが、この作品はその一つだったのだ(ニヤリ程度などならいくつもあるが)。どんでん返しも悪くないのだが、終盤で風呂敷を広げすぎて密度が薄くなる点が残念で、それ故に最後の一席として推しきれなかった。この作者ならではの持ち味を活かした次回作を期待する。 落選作のなかでは、鈴木凛太朗『愛しのリーゼ・マイトナー』も惜しかった一作。第2次世界大戦直前のドイツを舞台に、ユダヤ系科学者の逃亡劇を扱ったこの作品、そこに科学的な新発見が重なっていく様が新鮮である。だが、いかんせん長すぎる。長すぎて薄味。話のスケールを大きくするのはいいが、密度が足りない。アイディアと集めた情報を刈り込まずにそのまま作品にしてしまったかのようである。着眼点は悪くないだけに、類書を読み込むなどしてプロの水準を熟知したうえで再挑戦してもらえればと思う。
 シモムラ・タカヒロ『9 —ナイン—』も悪くはない。シンプルな構図でも最後まで愉しく読ませるのは、緩急が巧みにコントロールされているためだろう。これが意図的に行われていたとすれば、あとは着想とより一層の筆力である。特に着想の部分をどう鍛えるか。難題ではあるが、ここをクリアできないことには先には進めない。もう一歩先への好奇心を抱いてみてはいかがか。
 旗本浩二『許されし者たち』は、まるで心弾まない内容の話を、さほど驚かない手法(複数視点の話の筋を徐々に関連付けていく)で描いた小説なのだが、それでもついつい読んでしまう魅力を備えていた。TV番組でのやらせの真相究明という下世話な好奇心を巧みにあおられ、初老の刑事の執念というベタな要素についつい共感してしまい、といった具合に、気付けば作品のなかに取り込まれているのだ。この“筆力”が今後どう化けるか。興味がある。
 小林涼介『蛙男』も残念だった1作。1次選考の選評にも書いたように、誘拐ミステリとしては様々な工夫がある。だが、最終選考に残した作品と比較してみると、強みがその要素だけなのだ。いずれ発表される大賞はもちろん、2次選考通過の7作については、ウェブで公開されている立ち読み部分だけでもよいからじっくり読み、選評を参考に、各作品の強みは何なのかを御自身なりに分析してみていただきたい。

 さて、21作品のうち、これで最終選考に残した7作と、落選5作品について紹介してきたわけだが、残る9作品は、正直なところ、さらに一枚(あるいはそれ以上)落ちる出来映えといわざるを得ない。
 宇井旬『タローズ・プラン』は、ある仕掛けを実践しようと試みたミステリなのだろうが、作品を構成する個々のエピソードに魅力がまるでなかった点が致命的。思いつき(=骨格)だけでは2次選考は突破できない。
 冒頭はなかなかよかったのが月村日音『銀色の牙』。アフリカの大自然をなかなかしっかりと描いていた。だが、その冒頭が終わり、殺人事件を扱ったミステリの本篇にはいると一気に興醒め。瑞々しさが消え失せ、強引さや御都合主義が顔を出してしまうのだ。ミステリを書こうと決めつけるのではなく、まずは書きたいままに書いてみてはいかがか。
 荒牧周平『12月8日』は、部分部分だけを見れば光るところは多い。とことん饒舌で、ありきたりのシーンをも笑いで包んで光らせてしまう。とはいえ、舌先三寸だけで読者を丸め込むのはいささか無理が過ぎる。饒舌という特質を活かしつつ、筋肉質な物語とする必要があろう。
 鹿島我『終宴』は軽妙さが持ち味の1冊。だが、それにしては地の文があまりに説明文でありすぎて興を削ぐ。本来、セリフと地の文はコンビとなって作品全体の軽妙さを生むべく働くのだが、この作品では、ミステリとしての道筋を読者に判りやすく示そうという意識が強すぎたのか、両者がバラバラになっている。小説としての地の文をより磨くべきと考える。
 小説としての演出に不満を憶えたのは、上田文箱『正体』も同様。今時のミステリで、終盤であれだけ独白が続くというのはいかがなものか。ストーリー展開を考えるだけでなく、それをどのような表現で読者に伝えるのが最も効果的か、それをとことん考え抜いていただきたい。
 赤坂彦『星と月と陽のめぐりに』が備える雰囲気はよかった。生まれ変わりであるとか、第二次世界大戦当時の中国を舞台にした恋物語であるとか、書くパーツに新鮮さはないが、それらをブレンドして心地よい空間を作り出す手腕には見るべきものがある。とはいえ、結末があっさりしすぎており、雰囲気だけで終わってしまったのが残念。プロットやストーリーをきちんと構築できれば、この雰囲気作りの才能は、より活かされるだろう。
 多谷一香『嘘800のイヌイくん』では、主要登場人物たちの性格や特徴などを読者に伝える手際がもう一つ。“幽霊が出るファーストフード”などのギミックを含む小説だけに、主人公たちにはそれを強力に牽引していって欲しいのだが、残念ながら、そこがもたついているのだ。また、作中の時間の流れをいじりすぎるのも読みにくさを増加させるだけ。こうした“応用問題”を書き上げる前に、まずは基礎固めが必要ではないか。
 塔野夏『暁と闇と漆黒と』も同様の問題を抱えている。魔力だの魔物だのを登場させるからには、その世界を説得力をもって読者に感じさせる必要があるが(本賞はファンタジー小説だけを募集している賞ではない)、そこが手緩い。『快楽的・TOGIO・生存権』ほどの強引さがあればともかく、単に魔の説明をされても、何も響かないのである。世界を“伝える”ということをもう一度考え直して欲しい。
 最後は私が1次選考で推した谷門展法『凍りのエピタフ』。1次の選評では、長所を述べつつ、問題点も指摘した。今回のように水準以上の作品が2次に揃った場合、問題点を抱えつつ1次を通過した作品はやはり分が悪い。とはいえ、前回からの成長は皆が認めるところ。次回は是非100%の新作での挑戦を期待する。

 それにしても、だ。またしても応募規定ギリギリいっぱいまで書くことのみを目的としたかのような長さの作品が増えてきた。応募の際には、書くべき内容に必要十分な枚数だけを使えばよいのである。新人賞において、水増しは百害あって一利なし。同様に書きこみ不足も百害あって一利なしではあるが、応募規定ギリギリまでの作品に薄味が多かったのはたしか。作品を送る前にもう一度見直していただきたい。ちなみに規定枚数超過は問題外。一文字超過しただけで、門前払いされる十分な理由となるのである。甘えのあらわれとしか見えないので、特に注意されたい。なにしろ、『このミステリーがすごい!』大賞である。正直言って、国内の新人賞で最もハイレベルな賞の一つなのだ。“書き上げた”ことだけで満足せず、是非“勝ち抜く”という意気込みでベストを尽くした作品で勝負をかけていただきたいと思う。

通過作品一覧に戻る