第8回『このミス』大賞 次回作に期待 福井健太氏コメント

『時間の証人』梶村丹吾
『セレナーデは森の中から』荒崎流人
『孝一』北島良

福井健太コメント

 本賞は多くのヒット作を輩出してきたが、その源泉は応募作のアベレージの高さにほかならない。場所によっては1次審査を越えるような作品でも、激戦区では「次回作に期待」に置かざるを得ない場合もある。ここに挙げる三作はいずれも厳しいセレクションを最後まで戦った強者たちである。
 梶村丹吾『時間の証人』は「時間は止まる」「止まりながら進む時間がある」という前提を設定し、乱れた時間軸にまつわる謎を扱ったSFサスペンスだ。周囲の時間が止まるという体験をしたライターが、経験をもとに現象の周期を計算していく——という導入部は悪くないが、大掛かりな組織の存在が示されることで、物語は”世界の裏側の説明”に変質してしまう。理論が(フィクションの方便にせよ)説得力とハッタリに欠けるのも残念なところ。より大胆な”世界の裏側”を構築するか、あるいは個人の視点に徹したほうが作品の質は上がったはずだ。
 荒崎流人『セレナーデは森の中から』はアンファン・テリブルを絡めたミステリー。小学校の同窓会で発掘されたタイムカプセルには、三年生の時に殺されたはずの西園寺育子の持ち物と「今日この日から復讐が始まる」「赤とんぼの舞う真っ赤な秋に赤い靴が血で染まる」という手紙が残されていた。その日の夕刻、かつて西園寺を苛めていた女性の惨殺死体と赤とんぼの死骸が発見される。少女たちの”おぞましい行為”とその真相、二段構えのプロットなどは——新奇さはないものの——読者をラストまで牽引できるように配置されている。過去の出来事やヒロインの精神的外傷をもっと濃密に描ければ、鬱蒼とした香気の漂う傑作になり得たかもしれない。
 北島良『孝一』は英才教育を受けた工作員の物語である。孤児院から専門学校にかけて日本語を学び、日本人と同じものを与えられて育った”鈴木孝一”は、国家安全保衛部の目を盗んで”ケソン”に着くという卒業試験に合格した。そこで孝一に与えられた使命は、日本の首相を——靖国神社参拝の瞬間に——暗殺することだった。東京に潜入した孝一は予備校生に扮して準備を進めるが、やがて”偉大なる将軍様”と首相の歴史的な会見が決定する。しかし孝一は命令の解除を受け付けなかった……。物語の構造がシンプルなだけに、約一千枚という(規定を大きく上回った)分量には疑問もあるが、外務省や警察との情報戦、親友との死別、絶望的な状況下のサバイバルなどを通じて、全編にわたって緊張感を維持しているのは著者の力量ゆえだろう。直球で勝負できる肩の持ち主として、今後の作品に期待したいところである。

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