第8回『このミス』大賞 次回作に期待 杉江松恋氏コメント

『エイジド・スラム・トーキョー』岡本蒼
『殺意の起源 ラスト・ネアンデルタール殺人事件』のずみ大悟
『クワイエット・ストーム』仲村オルタ
『エイティズ』水月彩人
『つかまり屋』千野修市
『ジャミング・オン・ザ・トリックスター』イトミダチヒロ
『城蟻』大和九座九

杉江松恋コメント

 正直申し上げて、1次選考を通過した二作の出来が飛びぬけていました。読みやすさや論理展開に配慮した構成がとられており、物語の素材についての取材が行き届いており、テーマが完全に消化されている。かつキャラクターに愛すべき点があり、作品に独自の雰囲気が備わっているとくれば、どこへ出しても文句のない作品です。残念ながら二作のレベルに一歩届かなかったものについて、ここでは紹介をしておきましょう。
 まず、二作と競って負けた作品。
 岡本蒼『エイジド・スラム・トーキョー』は、東京湾の中に超高齢化社会の予測のための実験都市が作られ、その現状を探るためにルポライターが潜入取材を行うという近未来小説でした。本篇最大の弱点は、こうした大規模な実験が行われているという状況設定があるにもかかわらず、社会に対する影響が十分に検討されていない(少なくとも本文からは推測することが難しい)ことです。突飛な作品舞台を作ることは誰にでもできる。作者の課題は、それが「在る」ということを読者に納得させることです。それができないうちは、作品としては未完成でしょう。物語の中で起きる事件についても刺身のつまの印象で、読者を引きつけるだけの魅力に乏しいと判断しました。作者はすでに著書のあるプロの作家ですので、越えるべきハードルは高くさせていただきたいと思います。
 のずみ大悟『殺意の起源 ラスト・ネアンデルタール殺人事件』は、一種の歴史ミステリーです。洞窟の中で発見されたネアンデルタール人の人骨を調べるうちに、学問上の定説を覆すような発見がある。洞窟を密室に見立てた趣向はおもしろいのですが、先行作家のデビュー長篇に似たような状況設定があり、真相も先行作品を凌駕するほどのものではない。考古学上の考察に関しては、論文的な箇所とドラマ部分の接合がうまくいっておらず、解説書を読んでいるような気分にさせられるのが気になります。これは物語の文章ではないと私は考えました。なお、本篇は以前に別の賞へ応募された作品を大幅改稿されたものであるとの由ですが、それを理由に落としたわけではありません。あくまで作品本位の判断です。
 仲村オルタ『クワイエット・ストーム』は残念な作品でした。沖縄の米軍基地内に隠匿されたものを奪うため、男たちが能力を尽くして作戦を練る。一種の襲撃(ケイパー)小説です。残念だというのは、襲撃計画の人選にこれといった根拠がないこと。陽動作戦のために必要な一人以外は、能力を無理矢理こじつけたような印象でした。つまり、襲撃計画の分担とキャラクターとがきちんと一致していない。全体がのっぺりした印象になっているのはそのためです。こうした小説の場合、展開よりもキャラクターの役割分担の方が重要でしょう。
 水月彩人『エイティズ』にも『クワイエット・ストーム』と同様の欠点があります。太平洋戦争の秘話に基づく宝探しの冒険小説なのですが、登場人物たちに冒険に臨むための切実な理由がない(加えていうなら、先の戦争の生き残りにしては人物描写が若すぎるように思います)。冒険小説に不可欠な、主人公の内的な動機を欠くため、全体に物見遊山的のんきな空気が漂っているのです。取材は大事ですが、ドラマ作りをおろそかにしては人の心を惹きつけるような物語は書けません。
 以上が「もう少しで一次通過だった作品」です。今回は、これ以外にも「欠点は多いが愛すべき点もある作品」について、コメントしていきたいと思います。
 千野修市『つかまり屋』は、特殊な主人公を擁したピカレスク調のサスペンスとして楽しく読めました。ただし、アリバイ作りや暗号などのトリックに瑕が多く、そこで損をしています。最近の進化した本格ミステリーを数冊読んでいただければ判ると思いますが、出し方が素朴すぎるのです。科学実験のネタをそのままトリックにしただけで工夫がない(実効性はあるか、偶然の要素に頼りすぎていないか、などなどともう一度顧みて考えてください)。オリジナルのアイデアを使ってミステリーを書こうという心意気は大いに買います。そういう書き手は大好きです。あと足りないのは現代ミステリーのレベルに見合った書きぶりの研究であると私は考えました。
 イトミダチヒロ『ジャミング・オン・ザ・トリックスター』は、オンラインカジノを獲物として狙う襲撃小説です。物語に大きな破綻箇所はないのですが、カジノを狙う手口に新味がないのが問題。おそらく作者の方は、専門知識がおありなのだと思います。犯罪計画に関する説明はとてもわかりやすいのですが、小説ならではの大胆さというものがなく、あえていえばノンフィクションでももっとおもしろい手口を紹介していたな、という印象でした。主人公の饒舌な語り口は微笑ましいものです。きっとキャラクターを作ることはできるのでしょう。どうすれば読者に驚きを与えられるか、意外性のあるプロットを作り上げ、ストーリーとして膨らませていくという、基本作業のやり方をもう一度見直してください。
 大和九座九『城蟻』は、正直言ってあちこちに無理のある作品でした。科学的な考証がおかしいのではないかと思いたくなるような部分がありますし、中盤以降にいきなりヘンリー・ライダー・ハガードのような展開が出てくる点も無茶です。人物の出し入れが頻繁にすぎ、読者が誰の視点から物語を眺めればいいのかわからないのも問題でしょう。しかし、そういった欠点を補っても余りある奇想と稚気が本篇にはある。好きか嫌いかといえば、私は好きです。空想力は素晴らしい作品でした。先行の冒険小説などを読み漁ってヒントを探し、本篇を再構成してみることをお勧めしたい。楽しく読みましたが、今のままではどの新人賞でも絶対に2次以降は通りません。
 以上。来年度も楽しい作品が多数応募されてくることを期待しております。次回また、1次選考でお会いいたしましょう。あ、私は他の賞でも下読みをしていますので、二重応募(選考時期が重なる賞への同作品応募)をすると、すぐ判ってしまいますからね。少なくともこの賞ではご法度ですよ。

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