第8回『このミス』大賞 1次通過作品 16

多くのものを失いながらも、彼女はピアニストを目指す。
力強く爽快で行間からピアノの音色が立ち上る、
一人の少女の再生をかけた物語。

『バイバイ、ドビュッシー』 中山七里

 なんて力強い物語なのだろう。なんて清々しい物語なのだろう。そして、なんと真っ直ぐな物語なのだろう。災難に見舞われ肉親を喪い、自らも全身に大火傷を負った十六歳の少女が、辛いリハビリテーションや、クラスメイトの虐めに耐えながら、新進気鋭のピアニストによる指導の元、コンクール入賞を目指す。しかも、繰り返し命を狙われる中で。
 断言しよう。これは傑作だ。
 香月遥、十六歳。平凡だが堅実な父、口やかましいけれど優しい母、ニートだけれど気のいい叔父、そして帰国子女の従姉妹と昔気質の祖父。理解ある家族に囲まれ、音楽科高校への推薦入学も決まり、何の不安も不自由もなかった彼女の人生は、ある日突然終わりを告げる。両親が法事で出かけ祖父と従姉妹と三人だけで過ごした夜に、不幸な火事が発生。ただ一人生き残ったものの、全身の三割近くの皮膚を喪ってしまったのだ。失意に沈む彼女だが、やがて公開された祖父の遺言状の中身は、そんな彼女も含めて関係者全員を驚かせるものだった。実業家だった祖父の遺産総額は十二億円。なんとその半分が遥に送られるという。ただし、そこには条件が付いていた。遺産は信託財産とされ、遥が音楽家として名を成すためにしか使用できないというのだ。色めき立つ父母と叔父。だが、そんな大人たちの思惑を余所に、彼女は、ピアニストになることを固く誓う。今は亡き大切な人たちのために。そしてなによりも、自分の人生を再スタートするために。実力はあるが型破りの演奏家・岬の指導により、めざましい上達をみせる彼女の周りで、不吉な出来事が頻発し、やがて殺人事件が発生。数々の困難が降りかかる中、五分間しか満足に動かない指で、果たして課題曲のドビュッシー二曲を弾きこなすことはできるのか。そして犯人は誰か。
 行間からピアノの旋律が聞こえてくる臨場感溢れる音楽小説として、一人の少女の成長を描いた教養小説として、そしてラスト一行でタイトルの意味が判明する目配りのきいたミステリとして、いくつもの魅力を兼ね備えた読後力がわいてくる作品だ。一昨年、『魔女は甦る』で最終選考に残り選考委員から今後を期待された作者が、捲土重来、まったく異なるジャンルで挑んだ本作を、自信を持って推す。

(膳所善造)

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