第8回『このミス』大賞 1次通過作品 09

ナチスの弾圧に晒されたユダヤ人科学者リーゼ・マイトナーは、
ドイツを脱出して研究を続けることを決意した。
運命に翻弄される研究者の後半生を綴った歴史ロマン。

『愛しのリーゼ・マイトナー』 鈴木凜太朗

 一九二九年——ベルリン大学の学生であるライオネル・ヴィットマンは、物理学者リーゼ・マイトナーの人柄と研究に強い感銘を受けた。女性差別を乗り越えて業績を重ねてきたリーゼは、原子核構造の解明を研究テーマとしていた。芸術学院に通うイツコ・サエグサとの恋に落ちたライオネルは、学問と恋愛に充実した日々を過ごすものの、そんな青春はナチスの台頭とともに終わりを告げる。ユダヤ人であるリーゼは弾圧を受け、イツコは父親とともに日本へ帰国したのである。ライオネルとリーゼはデンマークへの脱出を決意するのだが……。
 第二次世界大戦前夜のドイツを主な舞台として、青年の遍歴と成長を辿りつつ、粘り強く研究を続けるユダヤ人女性の姿を描いた歴史ロマンである。読者にとっての謎が示されることはなく、狭義のミステリーには属しないが、本作が——警官隊や国境警備員を欺くシーンに顕著なように——スリリングなドラマであることは確かだろう。随所に挿入される理論は必ずしも平易ではないが、それらはリーダビリティを損ねることなく、人物の造型とムード作りに貢献している。この説明があるからこそ、読者はリーゼの歩んだ過程(疑問の発見と理論の構築)を追体験できるわけだ。規定枚数オーバーによる減点を施してもなお、二次審査以降に残るべき秀作である。

(福井健太)

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