第8回『このミス』大賞 1次通過作品 06

錯綜した人間関係がほぐれるにつれ全体像が浮かび上がる。
パチンコ業界を舞台にした、
小洒落た犯罪喜劇(クリミナル・コメディ)

『カバンと金庫の錯綜劇』 彼此屋圭市

 読み終えた瞬間、思わずくつくつと笑ってしまいました。パチンコ業界を舞台とした不正行為の実態と、被害者の身に降りかかった悲劇——殺人事件もあり——という結構ハードなテーマを扱いながら、まるで良質なコメディーを見終えたような読後感。深刻な内容を、眉間にしわ寄せて入魂の筆致で浮き彫りにするわけでも、感情ダダ漏れでウェットな復讐劇にするわけでもなく、あえて飄々としたコメディに仕立て上げた作者の姿勢がなによりも嬉しいです(なにしろ社会派もどきの告発劇や、作者の暑苦しい想いがそのまんま行間からにじみ出てくるノワールもどきが、応募原稿を含め巷間には溢れていますから)。
 痴漢冤罪事件で会社をクビになって以来、パチプロとしてなんとなく日々を送っている山岸卓郎は、シエナと名乗る二十歳くらいの美女に正体を見抜かれ、違法なセットロムを使った大当たり、所謂”ゴト”を手伝う羽目に。さらに連れて行かれたマンションの一室で、ゼンデンと名乗る男に引き合わされた上、暗号の解読を求められる。それは、彼ら二人に裏ロム販売を指示していたホゲと名乗る黒幕が、五千万円の売上金を独り占めして姿を消した後に、金庫に残していったものだった。抜き差しならない事情から二人の仲間に加わった卓郎は、暗号解読に乗り出すが……。
 ゼンデンとシエナに協力してホゲの正体に迫る一方、腹に一物ありげな二人の”仲間”の真意を探る卓郎。複雑に入り組んだ人間関係がほぐれていくうちに、徐々に全体の絵が浮かび上がってくる構成のコメディ・タッチの犯罪劇です。その面白さは、何よりも人物造形の巧さにあり、特にシエナは秀逸です。自由気ままに見えながら実はめざとく、けれどもどこか肝心なところで抜けている彼女と卓郎が交わす、ちょこっとズレた会話により物語はテンポ良く進み、やがて二転三転するクライマックスへ。ダグラス・アダムズの『銀河ヒッチハイク・ガイド』(河出文庫)を小道具に使う遊び心と、不正や違法を許容する温床に対して、チクリと一刺する風刺の精神が同居する優れた娯楽小説です。

(膳所善造)

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