第8回『このミス』大賞 1次通過作品 03

悲惨な事故死を目撃する無職の青年。隣人に苛立つ女性と、連続殺人犯の自供。
それぞれの物語の中心には作者のシンボルが隠れ、
文体や構成の技法で勝負をかける志高い実験作。

『タローズ・プラン』 宇井旬

 本篇の特質を伝えるためには、あらすじの紹介をするだけでは不十分である。何が書いてあるか、ではなく、どう書いてあるか、という技法で評価されるべき小説だからだ。複数の因縁話が詰めこまれている。それらの話が直列ではなく並列で展開され……という構造を紹介すると、ああ初期の伊坂幸太郎みたいね、と言われそうだ。外れてはいないが、作品の印象はだいぶ違っている。
 冒頭で、一九一〇年代にドイツで起きたワグナー事件と、一九三〇年代の日本を代表する猟奇事件、津山三十人殺しの話題が振られる。ご存じの通り、犯罪史上に残る大量殺人事件だ。この二つを例に挙げながら作者は、殺意というものは物理的に伝播するのではないか、という奇説を唱えてくるのである。トンデモ説の匂いが少しするが、性急に判断せずに本篇を読み始めるべきだろう。最初に紹介されるのは、二十四歳で無職の青年が悲惨な事故死を目撃するというスケッチだ。続いて、隣人に理不尽な苛立ちを募らせた女性が凶行に走る話、連続殺人の犯人が自供を行う話、と続いていく。なんだこの地獄絵図は。
 ばら撒かれた挿話同士の意味の連関はとりあえず不明。ゆったりとした作者の語りにつきあっていると、物語の時間軸が過去へ遡行しているらしいことなどが次第に判ってくる。そうなると最後にどんな場面に辿り着くのか、気になるではないですか。事件の謎解きを目的とした作品ではなく、意匠の中に埋めこまれたシンボルを探りあてるのを目的とした小説と言えます。考えながら読むことを求めてくるので、お客さんを選ぶ作品かな。その点が、大賞候補としてはちょっと弱い。また、作者が自分で思っている以上に語りが饒舌になっている箇所がある点も減点材料だろう。でも、私はおもしろく読みました。この作者の小説を読むのは初めてだが、他の作品を続けて読んでみたい、と感じる書き手だったのです。小説を書く上での高い志のようなものを、この人の作品には感じる。もしかすると、すごい作家のデビュー作を私は今読み終えたのかも。

(杉江松恋)

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