第7回『このミス』大賞 1次通過作品

『炎のなかで眠れ』 村上暢

 最近はどの新人賞でも時代小説の応募作が増えてきました。いわゆる捕物帖があり、軍記ものあり、市井の人々の人情を描いた世話ものあり、と内容が多彩で、「これは書けるな」と思わせる応募者も多い。時代小説の場合、創作を始める前に最小限の考証をしなければならないので、基礎の筆力を持った方が取り組むことば多いからなのではないかと思います。はっきり言って、巧い。だけど、巧いだけでいいのか、と言いたくなる作品が多いというのも事実。文章は確かに巧いのだけど、どこかで読んだような物語。考証はしっかりしているのだけど、大河ドラマの一話をそのまま書き延ばしたような内容。新人賞に挑戦するんだから、もっと冒険したらいいのに、と言いたくなることがしばしばあります。

 そういう不満を抱えていたときに読んだのが『炎のなかで眠れ』なのであります。非常に柄の大きい物語なのですね。時は明暦元(1655)年、四代将軍家綱の治世。わずか四年前には、軍学者・由比正雪が浪人たちを糾合して謀反を起こそうとし、事前に露見するという事件があったばかり。その正雪一派の残党が再び陰謀を企んでいるらしいという情報を聞きつけた老中・松平信綱が、会津浪人・阿修羅の虎四郎に探査を命じる、というところから話は始まります。不満分子が巷に溢れた不穏な社会情勢は、現代日本の似せ絵のようでもあります。西国へ旅をする虎四郎は、次々に怪しい者どもと遭遇していくのですが、そのスケール感は壮大そのもの。小説の初めから、明暦年間の江戸描写の幕間に、アフリカ黄金海岸やペルシャといった異国の地が描かれていくのも非常に気になります。もちろんそうした期待は裏切られることがなく、クライマックスでは江戸の地を舞台にしてすこぶる派手な大殺陣が演じられるのであります。大風呂敷の広げ方といい畳み方といい、伝奇小説の定石を押さえた書きっぷりが快い。これは読まなければ損ですよ。

(杉江松恋)

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