第6回『このミス』大賞 2次選考結果 千街晶之氏コメント

「よくもここまで選考委員の評価が異なるものだ」と痛感

 さまざまな賞の下読みを担当している経験上、『このミス』大賞がミステリ系新人賞として水準が高い部類であることは間違いないと自信を持って言えるのだが、かといって、『チーム・バチスタの栄光』のような、全選考委員が口を揃えて褒めるような作品が毎回出るわけではない。選考委員はそれぞれ嗜好も小説観も異なるので、大抵の作品の場合は評価が分かれてしまう。今回も、「ひとつの作品に対して、よくもまあここまで感想が異なるものだ」と痛感させられた。そういった個々人の偏差をねじ伏せる力があってこそ傑作と呼ばれるのかも知れない。

 まず、2次選考を勝ち抜いた五作品について触れたい。今回、私の一押しは『魔女は甦る』。キャラクター描写の深み(しかも、ストーリー上必要とあらば登場人物にいくらでも無慈悲になれる思い切りの良さ!)、真相の意外性、終盤のバトルの大迫力と、どの点でも他の作品の水準から飛び抜けていた。何より、読んでいて妙に落ち着かない気分にさせられる、不吉な予兆を孕んだ寒々しいムードが素晴らしい。最終選考でどのように評価されるかはわからないけれども、私はこの作者にはプロとして世に出てほしいと思う(タイトルは平凡だから変えた方がいいが)。

 『林檎と蛇のゲーム』は、プロット、キャラクター造型などでまめに得点を稼いで上位に食い込んだ感がある。選考委員の一人が強硬な否定派に廻ったが、そこまで言うほどひどい作品とは思えない。最終選考でどのような意見が出るか楽しみだ。

 評価が割れた作品が多かった中、『魔女は甦る』とともに高得点を集めたのが『禁断のパンダ』。これは、どこがどう面白いのかを説明しようとするとネタバレ領域に踏み込んでしまいかねない作品なのだが、前半のゆるい雰囲気からは予想もつかない終盤の展開が衝撃的だとだけ記しておく。

 最も議論が盛り上がったのは『明治二十四年のオウガア』。現段階での完成度は決して高いとは言えず、私は低めの点をつけたものの、書き直しによって良くなる可能性が大きいという他の選考委員の意見も頷けたため、最終選考に通すことにした。

 『彷徨える犬たち』は、ある意味、この賞の王道と言える路線だが、何か目新しい要素があるかというと首を傾げざるを得ない。筆力はあるのだから、もっとオリジナリティのある題材に挑んでほしかった。

 以下は、惜しくも2次で落ちた作品について。

 『神様のいる場所』は前半の一見爽やかな青春小説仕立てと、後半のどろどろした展開との落差が鮮やかで、個人的には気に入ったが、何がなんでも最終に残したいと思わせるほどではなかった。一次選考委員が言うように、もっとえげつなさを強調した方が良かったかも。キャラクターの描き分けなどには感心したので、次作に期待したい。

 『蝉コロン』は、ちょっと恩田陸の『黒と茶の幻想』を想起させるが、ひとつひとつの謎解きが(ある印象的なエピソードを除いて)弱かった。あと、「これはもしかして作者の私小説なのか?」と思わせるような生々しい書き方(実際どうなのかは知らないが)は、よほどのことがない限り避けた方が無難。

 『笑いの神がいるのなら』は賛否両論分かれた作品で、私は否定派に廻った。小説としてはまあまあ下手ではないし、今ブームのお笑いの世界に着目したセンスも悪くないものの、ミステリとしては破綻が多すぎ、ちょっとした手直し程度で改善可能とは思えなかった。仮にも計画犯罪なのだから、どうすれば無駄なリスクを避けられるか、この犯人の立場なら必ず考えるはず。私以外の選考委員は「最終選考に残すという選択肢もあるのでは」という意見だったので、ミステリ的な部分さえもっと練っていれば余裕で最終まで勝ち進めただろう。

 『運命のカプリース』の異様な迫力は忘れ難いが、流石に荒唐無稽すぎる。少なくとも前半はもっと常識的な世界を描いた方が、主人公が監禁されてからのハイテンションな展開を引き立たせることが出来たのではないか(あるいは逆に、完全に現実とは異なる異世界を構築するか)。

 『KID A』『神棲む森の旋律』は、共通した問題点を抱えている。両作とも、たぶん狙いの水準は高いのだろうけれど、それを達成するには筆力・構成力ともに不足。あとは今後の、技術面での研鑽次第ということになる。

 『亡霊台風』の作者には、昨年の応募作について「災害シミュレーション小説としての構想は雄大だがキャラクターが余りにもステロタイプ」と評したが、今回の作品についても全く同じ感想を記さなければならないのは残念。選考委員は、何も好きこのんで作品の弱点をあげつらっているのではない。次に応募してくる時にその弱点を改善してほしいからこそ、敢えてきついことを書く場合もあるのだ。特に、以前に2次予選・1次予選を通過した人の場合、前回の応募作の弱点が直っていなければ「この人の実力はここ止まりか」と見なされ、初応募の人よりも不利になると考えた方がいいかも知れない。

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