第5回『このミス』大賞 1次通過作品

『暗闘士』 高山月光

 陰謀と策略に満ちたパラノイアックな物語である。陰謀小説と呼んでいいかもしれない。

 大原奈津子は私大の助教授。ワイドショーのコメンテーターとしても知られている。犯罪被害者の救済活動を続けてきた彼女は、衆議院の補欠選挙に出馬を決めた。教え子を中心としたボランティアで選挙運動に臨む彼女は、さっそく厄介な問題に直面する。出所した元犯罪者の顔写真や住所、勤め先などを記したビラを撒くという騒ぎを起こしていた「凶悪犯罪抑止連合会」と名乗る団体が、「彼女のすべてを支持する」という奈津子への推薦状を届けたのだ。不審な団体からの支持は選挙を不利に導く。彼女は、教え子の夫で元刑事の平澤に、団体の正体を調べるよう依頼した。そんな爆弾を抱えながらも、奈津子は順調に運動を展開する。だが、彼女の演説会場に、相手陣営の選挙参謀を退いたばかりの人物が頻繁に姿を見せるようになった。その目的はいったい何か……?

 ある選挙の過程を通じて、その周辺に渦巻く数々の策謀を描いている。さまざまな人物の思惑が交錯し、それぞれの企みが絡み合う。いくつもの要素が錯綜した、緻密に組み立てられたストーリーを楽しめる。ここに描かれるのは、凡庸な陰謀論者が妄想するような「社会を操る影の勢力」による一枚岩の巨大な陰謀とは全く異なる。さまざまな勢力が、それぞれに企んだ策略。それらが絡み合って、複雑な全体像を作り上げている。

 ともすれば複雑さに陥りがちな物語だが、主な視点を「表」の奈津子と「裏」の平澤の二人に絞り込むことで、多彩な要素を整理しながら、同時に迷路の中をさまようような感覚を生み出すことに成功している。特に、探偵役を務める平澤が、かつて公安に所属していたのも重要なポイント。かつては陰謀にまみれた日常を過ごしていた彼は、ものごとを策謀の絡み合いとして見ることのできる人間である。それゆえに、彼は物語の後半で、皮肉と逆説に満ちた決断を下すことになる。このあたりの展開には、イギリス産スパイ小説のようなねじくれた味わいがある。彼は陰謀の渦巻く物語の案内人であると同時に、渦の中心の一つでもあるのだ。

 ごく普通の選挙を題材にしながら、陰謀の深淵を垣間見せる、底の深い作品である。

(古山裕樹)

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