第5回『このミス』大賞 1次通過作品
『シャトゥーン』 増田梗太郎
熊が襲ってくる──突き詰めると、ただそれだけの話である。シンプルな物語を中心に、人間たちの織りなすドラマが脇を固めて、精緻な冒険小説に仕上がっている。
舞台は北海道の北端に広がる樹海。大学の研究林を管理する鳥類学者の元で年末年始を過ごそうと、彼の親族や学者仲間たちが集まっていた。そこへ、ヒグマに襲われたという密猟者が逃げ込んでくる。折からの雪で車も動けず、電話も通じない。やがて、体重300キロを超す巨大なヒグマが小屋を襲う。だが、密猟者の銃程度ではヒグマの動きを止めることはできない。小屋は少しずつ破壊されてゆく。小屋だけではない。ヒグマへの恐れが、人々から冷静さを奪い去ろうとしていた……。
この作品の一方の主役は、人間を襲う側のヒグマである。地上最大の肉食獣。大きく頑強な体と、寒さに耐える毛皮に加え、鋭い牙と爪がある。さらに人間を遙かに凌ぐ運動能力を持ち、獲物を狩るための狡猾な知性も備えている。しかもこの作品に登場するのは、シャトゥーン──「穴持たず」と呼ばれる、秋のうちに食いだめができずに、冬眠に入らないまま食料を求めて雪の中を徘徊しているヒグマである。飢えていて気が荒く、狙った獲物を執拗に追い続ける、きわめて危険な存在なのだ。
一方、人間たちにはろくな武器もなければ移動手段もない。きわめて不利な勝負なのだ。主人公たちは次から次へと危機に見舞われる。脅威はヒグマだけではない。零下40度に達することもある苛酷な気候も主人公たちを苦しめる。この生存競争と並行して語られるのが、登場人物たちのサイドストーリーだ。登場人物ひとりひとりに過去が用意されており、時には謎めいた行動として表に出る。人々の過去の絡み合いが物語にサスペンスをもたらしている。特にヒロインの背負った過去は重く、激しい物語をさらに激しいものにしている。
苛酷な生を生きる人間が、苛酷な自然に立ち向かう冒険小説。シンプルな題材に真正面から挑んだ、力強い作品である。
(古山裕樹)















