第5回『このミス』大賞 1次通過作品

『オーレ・ルゲイエの白い傘』 黒澤主計

 ?”夢”という日本語には、二つの意味がある。一つは、眠っているときに生じる幻覚体験であり、もう一つは将来実現させたいと願う目標や構想だ。この二つを混同してはならないと解ってはいても、つい夢想してしまうのが性というもの。だが、仮に〈夢の世界〉が実体化してしまったとしたら、果たしてそれは幸せなことなのだろうか。睡眠と覚醒、現実と非現実、この両者を隔てる「ジェリコの壁」を崩せた時、人はどんな行動に出るのだろうか。そして、そもそも人間はどうして眠っている時に夢を見るのだろうか。アンデルセン童話の「眠りの精のオーレ・ルゲイエ」をモチーフに綴られたこの物語を読むうちに、次々とそんな疑問が沸いてきた。

 菓子職人(パティシエール)として将来を嘱望される和音と、大学院を卒業し博物館の学芸職員として働く椿。幼馴染みの二人は、3年前に何とも不思議な体験をしていた。フランスのリヨン郊外の森に迷い込んだ際に、〈お菓子の家〉を発見したのだ。だが翌日、再度森に入ったときには〈家〉は跡形もなく消失していた。腑に落ちないまま日々を過ごしていた椿に対して、ある日和音がとんでもない話を持ちかけてくる。なんと、夢の世界を現実化するヒントを掴んだので協力して欲しいというのだ。リヨンでの体験の謎を解き明かしたいという和音に説得され、友人の言動に不安と疑念を覚えつつも調査に乗り出す和音だが……。

 構成力、人物造形、謎の設定と解明、ストーリーテリングの才。どれもが応募作中、頭一つ抜けていた。「人にとって夢とは何なのか」という単純かつ深遠な主題を、和音を筆頭に〈夢〉に取り憑かれた者たちによる、”夢の実体化”の解明と〈自らの夢〉の克服を通じて描いた、不思議な魅力に満ちた物語。硬質ながらも静謐感と暖かみが漂う文章で、ジャンルの壁を越えた独自の世界を綴る希有な才能を、自信を持って本年度の大賞候補として推薦したい。

(膳所善造)

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