第5回『このミス』大賞 1次通過作品

『トライアル&エラー』 伊園 旬

 題名を見てアントニー・バークリーの名作を連想しましたが、内容はほとんど関係ありませんでした。ジャック・フットレルの「十三号独房の問題」にも言及されるんですけどね。内容はストレートな襲撃小説です。主人公の門脇雄介と相棒の丹羽史郎は、巨大IT産業グループの傘下にある技術研究所への潜入を計画する。これは〈ブレークスルー・トライアル〉というイベントに参加してのもので、技術の粋を尽くした警備網の突破に1億円の懸賞金がかけられていたのですね。門脇と丹羽にはともに危険を冒すだけの理由がある、というのは冒険小説の定石通り。二人の人生を賭けた挑戦は果たして成功するのか。

 襲撃小説の古典といえば、なんといってもリチャード・スターク(ドナルド・E・ウェストレイクの別名義)の〈悪党パーカー〉シリーズです。かのシリーズには構成の妙味があった。ほとんどの章は主人公パーカーの視点で描かれるのですが、中に一章必ず敵側の視点の章を挿入していたのです。パーカーという人間を外側から描写するためでしょう。そのことによって主人公の超人化に歯止めを利かせることができるし、その失敗を描くこともできる。物語にリアリティを確保できるわけです。ところが「トライアル&エラー」は、スタークが回避したその穴にまんまとはまりこんでいます。門脇たちの他にもゲームの参加者は出てくるのだけど、彼らの間に〈スターク効果〉は発生しません。お互いがお互いのプランに則ってミッションをこなすだけです。ここには〈トライアル〉はあっても〈エラー〉が存在しないのですね。それぞれのトライアルが有機的に絡み合うのであれば、物語もさらに白熱したものになったのではないかと思います。そこが残念でした。

 とはいえ、それぞれの襲撃計画はアイデア豊富で、よく練られたものになっています。楽しく読むことができるでしょう。1次通過レベルとしては問題ないと思います。

(杉江松恋)

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