第3回『このミス』大賞 2次選考結果 千街晶之氏コメント

候補作の水準の高さに感心

幾つかの文学新人賞の下読みを掛け持ちしているのだが、いつもながら、『このミス』大賞の候補作の水準の高さには感心させられる。才能の原石は、まだまだ日本のあちこちに埋もれているらしい。ただし今回は、頭一つ飛び抜けた作品はなかった。最終選考委員の方々がどんな判定を下すのか、全く予想がつかない。それだけに、どの作品が受賞するか、例年にもまして結果発表が楽しみである。

まず、予選を通過した5作品について。

『スロウ・カーヴ』は、完成度の高いスポーツ・ミステリである。キャラクター造型は主役から脇役まで生彩に溢れ、二転三転する謎解きも悪くはない。選考会では、犯人の意外性が不足しているという意見も出たが、この登場人物数では仕方がないのではないか。ただし、この作品には問題がひとつだけある。他作家の先例と比較せずに単体として読んだ場合の評価はともかく、これまでのスポーツ・ミステリの数々と較べた場合、果たしてどこか飛び抜けたものがあるのか、という問題だ。

万人向けの『スロウ・カーヴ』の対極に位置するのが『果てなき渇きに眼を覚まし』である。個人的嗜好で言えば、私はこの作品が好きではないし、嗜好の問題を抜きにしても、無視し難い弱点が多すぎる(終盤の展開は慌ただしすぎるし、伏線らしい伏線もなしに真犯人が唐突に正体を現すラストには唖然とした。また、三人称なのに一人称っぽい文章が混在しているのも気になった。仮に受賞したとしても、かなりの加筆が必要となるだろう)。しかし、それらの弱点をねじ伏せるほどの、暗い情念がほとばしる筆力はただものではない。将来、最も大化けしそうなのはこの作者だと思う。

ちょっと評価に困ったのが『パウロの後継』。あからさまな欠点はない。どんな新人賞でも、最終選考までは到達できると思われる。その代わり、読後いつまでも記憶に残るほどのインパクトもない。減点法で採点するなら最も有利だろうが、『このミス』大賞では、こういう作品はかえって埋もれる危険性が大きい。

『オセロゲーム』は、フランス・ミステリ風のトリッキーなサスペンス小説。繊細な雰囲気の魅力もさることながら、なかなか非凡なアイディアが二つほど含まれている。分量的にも小品という印象なので、他の候補作と並べた場合ちょっと不利ではあるのだが、この人の他の作品も読んでみたい気はする。

 『血液魚雷』の作者は既にプロとして作品を発表している人だが、読点の打ち方が変な上に、意味のない体言止めが多すぎ、しかも章の区切り方がいかにも思わせぶりなわりに効果を上げていない……という体たらくで、文章面はプロらしからぬところが多く、キャラクター造型も通り一遍である。ただし、作中に登場する架空の医療機器のアイディアと、血管内に出没する謎の物体の不気味さはインパクト抜群で、これだけでも最終選考委員の意見を聞く値打ちはあると思った。個人的には、この話は小説よりは、CG使いまくりの映画に相応しいと思うけれども。

 次予選落ちした作品の中で、最も「惜しい」と思ったのは『白い荒野』である。空前の豪雪に襲われた東京でさまざまな危機をくぐり抜ける男女のパートと、豪雪対策に奔走する政治家や自衛隊幹部のパートとが、まさかあんなふうに結びつくとは予想できなかった。こういう仕掛けは、私は大好きである。にもかかわらず強く推しきれなかったのは、ひとえに文章の単調さ(加筆でどうにかなるレヴェルではない)が理由。この作者には、ご自身の原稿をためしに音読してみることをおすすめしたい。それだけでも、読んで心地いい文章かどうか、自分でもある程度は判断できるようになると思う。

 『一六○X』は評価が割れた作品で、私は否定派に廻った。事件の黒幕が何故ここまで煩雑な計画を立てる必要があったのか、どうしても納得できなかったのである。意外性を重視して話を複雑にするだけなら簡単だが、人物の行動の必然性にももっと気を配る必要がある。また、歴史小説・時代小説は、ミステリとは違った意味で「うるさ方」の読者が多いジャンルである。そういった読者の存在を想定した場合、この作品は(用語の問題などを含め)余りにも脇が甘すぎる。

 『ハッピープレイス』からは、残念ながら美点を見出せなかった。ユーモアのセンスの相違は仕方がないとして、ある程度小説として体をなしていたならば、多少センスが合わなくてももっと評価できたはずである。

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