第3回『このミス』大賞 1次通過作品

『一六〇X(いちろくまるえっくす)』 伊藤水流

 江戸に幕府が開かれて間もないころ。悪行が露見して佐渡に流された忍者たちが叛乱を起こした。佐渡奉行・大久保長安を人質にとった彼らは、幕府にある要求を突き付けた。殺しの道具として育てられた下忍・丙夜は、大御所・徳川家康の命を受けて、奉行救出の一行に加わって佐渡へと向かう。だが、一行には裏切り者が潜んでいた……。

 次から次へと驚きが待ち受ける冒険活劇であり、「陰」という意匠を活かした物語でもある。主人公も敵役も、歴史の陰で動いていた忍者である、というだけではない。決戦の地にも陰の魅力があふれている。幕府に背いた忍者たちが籠ったのは佐渡の金山。日の光が射すことのない深く暗い坑道が、死闘の主な舞台なのだ。

 陰りを帯びた主人公の造形も、特に目新しいものではないとはいえ、やはりこの作品の意匠に貢献している。生まれて間もないころから殺しの技を仕込まれ、徳川家康にとって邪魔な存在を消してきた男。反乱を起こした連中はかつての仲間であり、彼らとの間に渦巻く遺恨が、主人公を動かす力につながっている。

 大御所・徳川家康も重要な役割を担っている。殺しの道具として育てられた男の戦術級の視点だけでなく、天下を手にした男の戦略級の視点が加わることによって、叙述にも立体的なスケールの広がりが感じられる。

 もっともこの作品、難点もある。現代的な言葉が随所に混じる文体は、時代小説に親しんだ方には受け入れ難いかもしれない。時代考証にもやや難があり、たとえば、登場人物の台詞に、「情報」のような明治以降に作られた言葉が出てくるのには違和感を覚える。

 とはいえ、それを理由に退けてしまうにはあまりに惜しい。本筋と関係なさそうな場面が後になって重みを持つような構築美を生み出す作者の力は、異なる時代を舞台にしても十分に発揮されることだろう。

(古山裕樹)

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