第3回『このミス』大賞 1次通過作品

『スロウ・カーヴ』 水原秀策

 ああ、こんなまっとうなスポーツ・ミステリーはひさしぶりに読んだよ! 主人公は人気プロ野球チーム(多分モデルは巨人)オリオールズの投手・沢村航。今年で二年目を迎える新人だが、大学からの入団組なので年齢はそれほど若くはない。その彼が不可解なトラブルに巻き込まれるのである。デイゲームを終えて帰宅した沢村は、待ち構えていた見知らぬ男から暴行を受ける。なぜか男は、沢村が約束を破ったとなじるのである。もちろん沢村には何の覚えもない。ところが事態はそれで収まらず、マスコミを巻き込んで拡がっていってしまう。公衆の面前で再び沢村は襲撃され、しかもbaseball judgeなる署名の怪文書が球団に届き、彼が野球賭博に関与していると告発してくるのだ。潔白の沢村を陥れようとしているのは何者なのか。そしてその狙いは……?

 ここまでが並のスポーツ・ミステリーが扱えるレベル。私が素晴らしいと感嘆したのは、この先だ。作者は、この作品をミステリーとして完結させると同時に一級の野球小説としても成立させるため、沢村自身のパーソナリティに絡めたサブ・プロットを用意したのである。クライマックスの試合場面は圧巻である。沢村が野球選手であるからこそ、勝負に挑むスポーツマンであるからこそ、描きうる心情が展開されている。試合描写はあちこちに挿入されているが、この場面が最も素晴らしい。今すぐグラブを持ってキャッチボールをしに行きたくなりましたよ、生涯で通算四時間くらいしか野球をしたことがないこの私ですら。行間から「私を野球に連れて行って」が聞こえるね。

 登場人物の書き分けも巧い。主人公を助ける老記者や恋人の女優、かつての花形プレイヤーで今は監督として采配を振るう葛城など綺羅星の如し、だ。なかでも敵の黒幕がいい。彼と沢村が最後に対峙する終幕は、痺れるほどの名場面である。この作品を落としたら、選考委員の見識を疑うなあ。

(杉江松恋)

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