第2回『このミス』大賞 2次選考結果 村上貴史氏コメント
昨年に引き続き、質の高い作品と出会えた
昨年の『四日間の奇蹟』が新人離れした完成度を誇っていただけに、今年の最終候補作として、どこまで質の高いものを揃えられるか、当初はいささか不安であった。
だが、最初に手に取った応募作が、その不安を完璧なまでに解消してくれた。柳原慧の『夜の河にすべてを流せ』が、それである。
誰も殺さない、誰も損をしない。せしめる金は五億円――というのは、『夜の川にすべてを流せ』で描いた犯罪計画の概要を紹介する著者自身の言葉であるが、まず、この着想が魅力的である。どうやって誰にも損をさせずに五億円をせしめるのかという関心を強烈にかきたててくれる。しかも、著者はこの犯罪を行う面々として、非常に個性的な人物たちを配しており、彼等の行動がまた読者を惹きつけるのだ。さらに、犯罪チームに対抗する警察側のキャラクターも尖っており、両陣営の知恵比べが一層スリリングなものとなっている。そればかりではない。第3の陣営も登場し、展開も先を読ませないものとなっているのだ。
とまあこんな具合に「プランよし、キャラクターよし、プロットよし」となれば気になるのは着地であるが、これも柳原慧は見事に決めてみせた。知的で、躍動感に満ち、題材の新鮮さも十分に感じさせるこの一冊を、一刻も早く読者に愉しんで貰いたいという気持ちでいっぱいである。
次に読んだ島村ジョージの『愛は銃弾』もまた、読み応えのある作品であった。昨年も最終候補となった島村ジョージだが、今年も期待に違わぬ力作を読ませてくれた。しかも、冒険小説風の恋愛小説をミステリ的興味で支えた昨年とは異なった世界を描いて……。
白薔薇館という洋館にひっそりと暮らす年上の美少女と、彼女を慕う中学三年生の主人公という序盤の設定は、それだけを聞くと、一部の(あるいは多くの)読者に敬遠されるかもしれない。昨年の応募作に対して選考会の過程で示された「青臭い」というような批判が今回も当てはまるような世界だからである。しかも、その美少女が殺された事件を、三十年後も主人公が追求し続けるという設定にもまた過剰なまでの青臭さが感じられるかもしれない。しかしながら、そうした主人公の生真面目すぎるほどのひたむきさが、大きな魅力となってこの小説をぐいぐいと引っ張っていくのだ。その魅力はといえば、2次選考対象作のなかで一二を争うほどと言っても過言ではない。
その魅力を伝える文章は、いささか大仰すぎるところもあるが、まずは水準以上であるし、ストーリー展開にも、後半にネタを盛り込みすぎたというきらいはなくもないが、大きな破綻はない。要するに、臭みを気にせずにいられるかどうかに、この作品の評価はかかっているのだ。それだけに、著者は自分の持つ臭みにもう少し自覚的になった方がよいのではないかと思う。ちょっとした配慮で臭みが抜け、作品が一皮むけるであろうから。
さて、最初に読んだ2作が高水準であったせいか、それ以降の作品はいささか色褪せて見えた。『ウォール・シティ』は設定の妙だけだし、『迷走台風』は最大の魅力となるはずの台風が活かされておらず(この著者はデズモンド・バグリイ『ハリケーン』や若竹七海『火天風神』を読んでいるかな?)、『エンジェル誕生』は結末のアイディアは面白いが、冒頭から八割程度までは比較的あからさまなネタの再確認に過ぎないのでプロット面での緊張感に欠け、『ランスイル城奇譚』は特殊な世界の描写に紙数を費やしすぎているといった具合。『鉄砲弥八捕物風呂敷』は十分に愉しめたが、複数のエピソードで主人公を紹介する記述が重複しているなど、書き下ろし長篇の賞に応募するには整理不足である。
こういった調子で、かなり高い水準に基準をおいて候補作を読み進んでいったわけだが、そのハードルをクリアする作品もしっかりと存在していた。例えば、満州を舞台にした二作――横山仁『昭和に滅びし神話』と浜田浩臣『葡萄酒の赤は血のかほり』である。これらは、前者が満州国の有り様を正面からきっちりと描いた冒険小説であるのに対し、後者がユーモアを交えた活劇小説であるという意味で、まさしく表裏一体となっているような関係にある。選考会の席上では、題材が重複するだけにどちらか一方に絞ろうかという意見も一旦は出たが、内容的に水準以上のものを落とす必要はあるまいということで、両者を最終選考に残した。二作あわせて読むことができたというのも、それはそれで贅沢なことであると感じている。
および軽妙にしてスリリングなハセノバクシンオーの『ビッグボーナス』もまた、水準をクリアした一冊である。語り口の魅力という点では、この作品が全作品のなかで最高であった。力の抜け具合が絶妙であり、そのくせ肝心な場面では、きちんと熱が入っているという次第。ただ者ではないセンスが感じられる。大化けするとすれば、この作者か?
いずれにせよ、この五作から大賞が出るのであれば不満はない。昨年に引き続き、質の高い作品と出会えたことを嬉しく思う。














