第2回『このミス』大賞 1次通過作品

『迷走台風』 和喰博司

 冒頭からこちらの心をつかんで、一気に小説世界に引っ張り込む。わずか数ページを読んだだけで、これは何かあるぞと手応えを感じさせる、そんな作品に出会うのは、残念ながら年に数回もない。プロの作品でさえそうなのだ。いわんや、応募原稿をや。

 しかし、この作品は違った。凄いぞ、これは。

 大型で強い勢力を保ちつつ四国に上陸した台風十七号。その情報を伝えている生放送の最中に、キャスターの香澄が、突如悶死した。死因は青酸中毒。自らが予測した台風情報の放映を眺めていた気象予報官の矢吹にとって、彼女の死は二重の意味で衝撃的だった。なぜなら、香澄はかつての恋人だったからだ。彼女の死の謎を探り始めるやいなや脅迫者が矢吹に迫る。鍵を握るのは、死の直前に留守電に残された香澄からの謎めいたメッセージか。やがて第二の殺人が起こり、事態は一気に複雑化し、矢吹の探索行は十七年前の台風災害へと遡ることに……。

 日本人にとっては最も身近な災害でありながら、これまであまり小説では取り上げられなかった「台風」を中心に据えたミステリ。主人公である気象予報官の矢吹を筆頭に、様々な立場から台風に関わる人々の愛憎が引き起こした悲劇を、新人離れした筆致で描く上質のエンターテインメントだ。ダイイング・メッセージの謎解き、二転三転するプロット、そして何段にも仕込まれた動機と、ミステリとしてのツボをしっかりと押さえている。その上で、生前名予報官と言われた父に対するわだかまりを、捜査を通じて主人公が克服していく姿を描いた成長小説としても味わい深い。

 台風予報の現場の緊迫した空気が伝わってくるオープニングから、緩急を自在に「迷走」する物語は、ラストに至って、なんともやるせない余韻を響かせつつ、静かに幕を閉じる。作者は現役の気象予報官。難解な専門用語を廃し、あくまでも娯楽小説として仕上げた点に、並々ならぬ才能を感じる。

(膳所善造)

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