第2回『このミス』大賞 1次通過作品
『ウォール・シティ』 葉月堅
これは架空の都市を舞台に、一種の地獄巡りを描く小説です。
まず、設定が突飛でよろしい。日本の小都市で正体不明の奇病が流行します。それは二十四時間以内に罹患者を必ず死に至らしめるという熱病で、治療法がまったく見つかりません。その流行を怖れた政府は、市の周囲に壁を築き、住民を隔離しようともくろむのです。当然壁の中では荒廃が進む。ところが、滅亡の寸前で街には起死回生の契機が訪れました。なんと壁の中で熱病の決定的な予防薬が開発されたというのです。壁の中には「七人会」という謎の組織が成立し、その予防薬の製造から管理までを一手に握るようになります。そして、政府が築いた壁の中にもっと堅牢な壁を造り、自らその中に閉じこもっていく。 「七人会」が打ち出した施策は、ある意味画期的なものでした。産業廃棄物の処理場や、原子力発電所施設を市内に受け入れることで収入を得、安価な労働力として外国人労働者を受け入れる。つまり、今の日本では誰もが腫れ物に触るようにしている領域に、手をつけることによって自治を保とうとしたのです。熱病の拡散を恐れる政府は、この施策に文句をつけることができない。そして、壁の中の都市は「ウォール・シティ」と自称し、独自の爛熟した文明を育むことを選ぶのです。
どうでしょう。この設定を聞いただけで、なんとなく読みたい気分に駆られませんか?
二〇〇三年はSARSという謎の感染症が世間を騒がせましたが、作者はおそらく流行前から本作の着想を得ていたものと思われます。ほくそ笑む作者の顔が目に浮かぶようです。
物語は、新人写真家の女性がこの都市に潜入するところから始まります。壁の中は、日本でありながら日本ではない、もう一つの国。その中で彼女が生き残る可能性は、SARSの生還率と、どちらが高いのでしょうか。運命の帰結はご自分でお確かめください。
(杉江松恋)














