第2回『このミス』大賞 2次選考結果 千街晶之氏コメント
賛否両論が極端に分かれた作品は…
第2回も水準の高い原稿が集まり、ひとまず胸をなでおろした。少なくとも、「これはひどい」と床に投げつけたくなるような応募作は一篇もなかった。
2次予選を通過させた五篇のうち、一番感心したのは『夜の河にすべてを流せ』だった。誘拐ミステリーの新機軸であるというだけでも注目に値するのに、長篇のネタになりそうな複数の素材が惜しげもなく投入され、先の読めないサスペンスフルな物語が織り上げられている。やや多めの登場人物たちが、ひとりひとり極めて個性的に描き分けられている点も高評価に結びついた。現在のハイテク水準ではまだちょっと難しいのではと思われるくだりもあるが、そういうことが可能になった近未来が舞台であると考えれば何も問題はない。
予選を通すことに誰も異論を唱えなかった『夜の河にすべてを流せ』に対し、賛否両論が極端に分かれたのが『愛は銃弾』と『ビッグボーナス』である。前者は、トマス・H・クック風の「回想もの」で、やや付け足しめいたラストを除けば完成度の高い作品に仕上がっているが、癖のある文体は好みが分かれるところだろう。個人的にはさほど違和感は覚えなかった。後者については、私は否定派に廻った。凄絶な破局に向けてなだれこむ迫力充分の後半はともかく、事件らしい事件がなかなか起こらない前半は、私のミステリー観からすると許容範囲外にある。ただし、裏社会に通暁しているらしい点は、小説家として大きな武器になり得るだろう。
『昭和に滅びし神話』と『葡萄酒の赤は血のかほり』は好対照を成す作品である。両方とも、かつて日本という国家が体験した戦争を題材に選んだ小説だが、満州国建国を背景とする前者はひたすら悽愴なシリアス・タッチで読む者を圧倒し、日露戦争を扱った後者は軽妙なキャラクター造型とフーダニットの興味で飽きさせない。余りにも方向性が異なるため、どちらかを落とすという判断が誰にもできず、揃って予選を通過することとなった。
ここから先は、惜しくも2次選考止まりだった作品についての感想である。『エンジェル誕生』と『迷走台風』は、どちらもそれなりの完成度を示しており、大きな欠点も見つからない。プロ作家のルーティン・ワークとしてなら、たぶん出版を許可されるレヴェルだろう。とはいえ、新人賞の大賞を獲得するには、纏(まと)まりの良さ、破綻のなさといった長所の他に、書き手の強烈な個性を感じさせる何かがないと難しいのである。資質はある人たちだと思うので敢えて厳しいことを書くが、このままでは万年予選止まりになってしまう瀬戸際にいることを自覚していただきたい。
『ウォール・シティ』は典型的な「前半傑作」。読み始めてしばらくの頃、「これは傑作かも」という感想を抱いただけに惜しい。ある原因不明の難病の発生をきっかけに日本国内にできた、治外法権的な都市の成立の過程を説明するくだりの、どこかシニカルな筆致など、ぞくぞくするほど面白かった。問題は後半部、特に結末。ネタに関連するので具体的に説明するわけには行かないのだが、黒幕的存在の取った手段が、動機のスケールの小ささと釣り合いがとれておらず、それでいて読み手の予想範囲内に収まっている。
『鉄砲弥八捕物風呂敷』は、今回唯一の連作短篇集。文章といい知識といい、安心して読める水準にある捕物帳だが、探偵役が真相に到達しないというアントニイ・バークリー風の趣向が、いささか空回りしている気がしてならない。タイトルロールの弥八がロジャー・シェリンガム(バークリーの小説に登場する探偵役)さながら、「迷探偵」的なキャラクターとして設定されているのは構わないけれども、彼の手柄話を聞いて裏の真相を推理する語り手までが似たりよったりの設定で、読者にだけ真相がぼんやり暗示されるというのでは消化不良感を免れない。
『月虹騎士団秘録 ランスイル城奇譚』は、昨年も2次予選まで残った応募者の再挑戦原稿だが、前回の応募作の水準を超えるものではなかった。異世界本格ミステリーに挑むなら、キャラクターのネーミング、地名、架空の職業名などといった細部にこそ、もっと神経を遣っていただきたい。
なお、今回はほとんどの応募原稿に、漢字の変換ミスが多かったことを付言しておく。














