第2回『このミス』大賞 1次通過作品

『鉄砲弥八捕物風呂敷』 飯島一次

 どうにもヘンな話である。

 時は明治。「私」がたまたま知り合った老人・弥八は、かつて鼠小僧を捕らえたこともあるという捕物の名人だった。弥八と意気投合した「私」は、しばしば老人のもとを訪れて、彼が語るかつての手柄話に耳を傾ける。本作には、そんな弥八の手柄話が全部で六つ収められている。……と、そんな体裁だけを見れば、ごくふつうの捕物帳だ。

 だが、普通なのはそこまで。弥八という珍妙な「名探偵」の存在が、この作品をユニークなものにしている。弥八は、なぜか必ず事件の重要な要素を見落としてしまうのだ。単純な人間消失トリックを見抜けないのは序の口。自分の命が狙われているのに気づいていないこともある。芝居を観に行って、それが虚構であることを忘れ、劇中の意外な犯人を必死に推理するくだりは抱腹絶倒(ジェイムズ・サーバー「マクベス殺人事件の謎」の換骨奪胎だが、オチのつけ方が絶妙)。こんなふうにどこかずれてる弥八だが、事件はちゃんと解決してしまう。決して無能ではないのだ……と言わざるを得ない。
 そんな弥八の個性が、ある種の心理サスペンスのような戦慄を感じさせるエピソードも収められている。「笑い」を基調としたキャラクターをそんなふうに使ってしまう作者の手腕とアイデアは、きわめて巧妙だ。

 名探偵を茶化すミステリーには、名探偵そのものに負けない長い伝統がある。本作もまた、その系譜に連なる作品だ。珍妙な「名探偵」の手柄話を語る文体は飄々として、人を食ったユーモアをまとっている。手馴れた様子の文章が、悪ふざけの過ぎた物語をしっかり支え、弥八の個性を引き立てている。語り手がへらへら笑うことなく、まじめな表情で放つジョーク。その破壊力を堪能していただきたい。

(古山裕樹)

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