第1回『このミス』大賞 1次通過作品

『俄探偵の憂鬱な日々』 香住泰

 三十五歳にもなって定職も持たずにフラフラとしている男が、主が逐電した探偵事務所に見張りという名目で居座るなかで、彼を探偵と錯覚した依頼人をカモに小銭を稼ぐというチープな話である。この男、さらに小知恵を働かせていくつかの詐欺をもくろむのだが、その計画が思わぬ方向に転がってしまい……てな具合な短編が四つつながっているこの作品。実に心地よいぬるさを備えている。詐欺の着想、そこからの展開、そして、シビアになりきれない彼等が選択する結末に至るまで、肩の力のほどよく抜けた調子が続いていくのだ。これは、いたずらに過剰さを追い求めた作品が多い現代日本ミステリ界において、なかなか貴重なトーンであるといえよう。

 こうしたトーンが醸し出されるのは、主人公と相棒という二人のろくでなしの造形や台詞(せりふ)回しが巧みであり、それに加えて、それぞれの事件に関係する面々のデッサンもしっかりしていることが理由である。これらのキャラクターによって作品の土台が安定し、さらにその土台の上に、キャラクターの身の丈に即した小さな(しかしちょいとばかりツイストの利いた)犯罪計画とその意外な顛末が盛りつけられているため、大量生産の定番モノにもゴテゴテとした一品モノにもならずに、手作りのぬくもりとでもいうべき味わいを備えた小説となり得たのである。

 さて、作者は小説推理新人賞を受賞した人物であり、その力量はすでに世に証明されている。だが、その経歴だけで1次選考を通過したのではないということは、念のために記しておくべきだろう。1次通過は、ひとえにこの作品の実力によるものである。

(村上貴史)

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