第1回『このミス』大賞 1次通過作品
『沈むさかな』 ティ エン
私が今回読んだ中で、いちばんの雰囲気美人がこの作品でした。後ろ姿を一瞥しただけで、はっとするような女性に出会うことがあるでしょう。この作品がそれです。プロローグが終わり、本文が始まったとたん、私はどきりとしました。――きみの手の中で、流線形の魚はすっかり温くなっていた。――そんな書き出し。主人公カズは十七歳の高校生で、夏休みを利用して鵠沼海岸の中華料理屋でアルバイトをしているところです。しかし、なにゆえ二人称なのか。カズの思いを表明するための主語は「私」や「僕」ではない。あくまで「きみ」。主語のために文章が読みにくいということはまったくないのですが、そこが読者としては気になってしょうがない。作者の術中にはまってしまった。やられました。
実はカズには、急死した父親がある企業醜聞の当事者であったことから、地元から離れた場所で職を探していたという経緯があったのです。そのカズが働いている店へ、幼ななじみの英介が訪ねてくる。彼はカズの父親の死には裏があり、その謎を解く鍵が海岸沿いに建つクラブにあることを教えてくれるのです。カズはクラブで働き、真相を探ることを決意する。だが、端緒さえ見えないままに事件が起き、英介が命を落してしまうのです。
一言で言ってしまえば、ある十七歳の一夏の経験を描いた作品です。カズはアルバイトと、父の死の真相探し、そしてスクーバダイビングの体験を経てたくましくなっていきます。このスクーバについての描写が素晴らしく、そこだけ切り離しても短編小説として成り立つくらい。もちろん構成も脆弱ではなく、後半に入るとこれら要素がすべて連動し始め、細部が全体を支え、全体から部分に血が通うという理想的な長篇小説の形になっていきます。本格ファンのためにつけ加えれば、トリックも素晴らしい。完全なオリジナルであり、しかもトリック自体に物哀しい味があります。なんだか切なくなってしまいました。
(杉江松恋)















