第1回『このミス』大賞 1次通過作品
『その名は零(ゼロ)』 上條武士
第二次大戦中に起きた知る人ぞ知る事件に着想を得て、波瀾万丈な物語を紡ぎ出す戦争秘話ものは、洋の東西を問わず冒険小説の定番テーマの一つだ。ヒギンズの『鷲は舞い降りた』を筆頭に数多くの名作が書かれてきたが、ここにまた一つ新たな里程標が誕生した。
本作『その名は零』は、太平洋戦争開戦前夜の上海を舞台に、共同租界に墜落したゼロ戦から脱出した設計技師を捕獲し、その機密を入手しようとする英国と、それを阻止すべく彼を脱出させようとする日本との暗闘を描いた、サスペンスフルな冒険活劇小説である。
なによりも、その設定が素晴らしい。共同租界内ゆえに軍隊を派遣できない日本、一方、開戦前ゆえに表だって技師を捕獲できない英国。ともに行動が制限される状況下で、ある事件により鬱屈した日々を送っていた陸戦隊少尉・工藤と、アイルランド義勇軍を殲滅したサイクス中尉とは、それぞれの思惑を胸に、両国の運命を背負い対決することになる。この二人を始めとして、技師を匿ったために祖国を裏切ることになる司祭館の娘や、母国イギリスに複雑な思いを抱くユダヤ人大富豪など、このジャンルのツボを押さえた人物が数多く登場するが、中でも後半、工藤たちを脱出させるために、モンスター・マシンを駆って、夜明け前の上海市街を驀進するヴェルナーの造形がピカイチ。そのカーチェイス・シーンは、流石に作者の経験が十二分に発揮されており、本作品の最大の読み所だ。果たして工藤たちは、包囲網を突破し日本租界へと脱出できるのか。
最後の最後まで手に汗握る展開と痛快なクライマックスに、冒険小説ファンならずとも、読後拍手を送りたくなるだろう。舞台となる妖しくも美しい東洋の魔都・上海に漂う緊張感と不穏な空気もしっかりと伝わってくる本作品は、時代と舞台と人物とが、冒険小説の精神を核にかっちりとかみ合った、『このミステリーがすごい!』大賞の名にふさわしい極上のエンターテインメントである。
(膳所善造)















