第23回『このミス』大賞 2次選考選評 大森望

二次選考を突破するために求められること

 第23回『このミステリーがすごい!』大賞の応募総数は403本。そのうち、一次選考を通過して二次選考の土俵に上がったのは21作品。その中からどれを最終候補に残すのか? 例年、二次選考委員同士のミステリー観や小説観がぶつかり合い、議論が紛糾するんですが、今回は珍しくすんなり最終候補7作が決まった。
 二次選考を通過した7作については、最終候補の選評でくわしく書くことになるので、ここでは例年どおり、惜しくも最終に進めなかった残り14作品について、簡単に触れさせていただく。今回、大森がB+以上をつけた作品はすべて二次選考を通過したので、いまから触れる作品はいずれも、(大森の目から見ると)どこか問題があったということになる。もっとも、どこか優れたところがあるから一次選考を突破しているわけで、どれも楽しく読むことができた。それを前提としたうえで、問題点や改善すべき点を中心にコメントする。

『夜の歌、ピクシーの歌』
〝聞くと死ぬ歌〟という、ホラーでは昔からおなじみのモチーフが軸になる。再生数稼ぎに血道をあげるYouTuberたちのドロドロの人間関係をからめて、現代的なB級社会派ホラーに仕立て上げた。冒頭からぐいぐい読ませるが、小説に広がりがないまま終わってしまうのがもったいない。

『RION』
 スティーヴン・キング『ファイアスターター』の日本版みたいなノンストップ超能力バトルアクション。こちらもリーダビリティは高く、一気読みできるものの、超能力があまりに万能すぎて話が単調というか、サスペンスに欠けることは否めない。エンタメとしての雰囲気に若干の古さを感じるのもマイナス点。

『ナノフィアの楽園』
 楽器店でドラム教室の講師のアルバイトをしているドラマーが、たまたま知り合った聴覚障害の少年にドラムを教えることになり、彼が抱えるトラブルに巻き込まれる――というユニークな設定の犯罪小説。キャラクターと設定はたいへん面白い。その反面、ミステリー的な要素はパターンに頼りすぎ。とくに悪役の設定にはもうひと工夫ほしい。

『sustainable woman』
 サメの乱獲(とりわけ、ヒレだけ切りとってサメの死骸を海に捨てるフィニング)を問題にした社会派ミステリー。題材は悪くないが、結局どこかで見たような地方の利権と政治の話になってしまうのが惜しい。多くの読者の興味を引くにはプラスアルファが必要だろう。

『悪神』
 北海道の小さな港町を舞台にした警察ミステリー。駐在勤務の主人公が首吊り事件を調べる一方、ヒグマ出没の知らせを受けて対応に追われる――という導入から、土地の空気も含めてじっくり書き込まれていく。しかしこちらも、一般読者の興味を引くには地味すぎるという印象がぬぐえない。

『境界探偵とゴミ屋敷の殺人』
 土地家屋調査士(=境界探偵)が専門知識を駆使して殺人事件の謎を解く。この設定はユニークで期待させるし、お仕事小説的なディテールも面白く、読みながら、「初めて家を建てるときに読むミステリー」みたいな帯の惹句が頭をよぎる。しかし最終的に、メインとなる事件が肩透かし。トリックも真相も(ついでに探偵役も)本格ミステリー的にはあまりぱっとしない。トリックを練り直すか、この設定を生かすのにベストな事件を考えつければ化ける可能性がある。

『鼠』
 特殊捜査チームvsテロリストの戦い。どんどん話が進み、アイデアやサスペンスもそれなりにあるので、テレビドラマの原作にはよさそうだが、小説としてはキャラクターがあまりにも類型的(無能すぎる公安部長とか)。構図もプロットも単純すぎるし、描写が薄すぎて、リアリティとディテールが足りない。うまく肉付けできれば読み応えが出るかも。

『わたくしは探偵を殺します』
 神がいないのならなにをしてもいいはずだと考えて、小学生のとき同級生を殺してしまった主人公。長じて詐欺事件で逮捕されて5年間服役し、出所後、復讐のために探偵を殺す計画を練る。面白くなりそうな設定なのに、犯人にも探偵にも魅力が乏しく、物語に牽引力がない。

『シビュラの囁き』
 誘拐ミステリー。犯行方法はよく考えられているが、被害者宅に仕掛けられた隠しカメラが見つかった時点で真相がバレバレに。そもそも、父親に復讐するために偽装誘拐事件を起こすという話の前提部分がもうひとつ納得しにくいので、なんらかの補強が必要かもしれない。

『電気犬の見る人間の夢』
 P・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』に多少のオマージュを捧げた近未来SFミステリー。廃棄された電気犬が合体して巨大生命になる話は面白いが、AIの進化や人間と区別のつかないアンドロイドの開発は、電気犬とは別次元の話では。マッドサイエンティストの研究だけでブレイクスルーが次々に達成されているような感じなので、SF的なリアリティは乏しい。文章をもっと読みやすくすれば印象がよくなるのでは。

『探偵と五人の息子たち』
 主人公の大学生の居候先は、元ホストの私立探偵。探偵にはホスト時代につくった隠し子が4人いて(いずれも20代の男性)、彼らがたがいに仲良くなる。書きようによっては楽しいユーモア・ミステリーになりそうなのに、あまりユーモラスに書けていない。メインの事件もあまり冴えず、せっかくの設定が生かし切れていない。

『1962 流浪の殺人』
 北朝鮮の工作員たちが鶴橋の焼肉屋に厄介になって、アルバイトしながらミッションを果たそうとする――という展開は独創的。とはいえ、「元在日朝鮮人の作家に書かせたプロパガンダ小説になんらかの秘密のメッセージが込められていないか調べるため、北朝鮮が日本に工作員を派遣する」という前提に無理がありすぎる。時代考証にも粗が目立つが、筆力はありそう。

『ラマダンの陽炎』
 主人公のムスターファは、自動車修理工場を営むかたわら、巡礼の資金を稼ぐため死体処理に精を出すムスリムの男。親の期待を背負ってバイオリンを習ってきたものの一向に芽が出ずに辞めたいと思っている女子高校生が、台風被害を避けるための人身御供にされそうになる。たいへんユニークな発想だが、話がとっちらかりすぎている。

『十二人のイカれた人々』
 なぜか人殺しが集まるカラオケボックス。死体がどんどん増えてしまい、パーティールームに集めて床に並べるあたりはけっこう笑える。いっそ、みんなで協力して死体を無事に消すまでのドタバタ劇をスラップスティックコメディ風に書いたほうがよかったかもしれない。

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