第23回『このミス』大賞 2次選考選評 千街晶之

読者の興味を惹きつけるテクニックと意外な角度からのサプライズを評価した

 最終選考に残った7作のうち、個人的に評価が高かったのが『一次元の挿し木』『わたしを殺した優しい色』の2作だった。前者は、小説としての巧さで言えば全21作の中で飛び抜けている。会話・地の文を含めて文章力が圧倒的だし、魅力的な謎の提示、読者を惑わす情報を入れてくるタイミングなど、とにかく舌を巻く巧さだった。その謎の魅力と解決が釣り合っているかというと疑問もあるにせよ(また、最後のカタストロフィは、警官1名が巻き添えで死んでいるほどの騒ぎなので揉み消しは不可能だろう)、どう書けば読者の興味を惹きつけられるのかというテクニックについては、並みのプロ作家よりも理解できているという感触があった。一方、ミステリーとしての意外性でずば抜けていたのが後者である。前世の自分を殺した犯人を捜すというアイディアのミステリーは複数の前例があり、またこのパターンか……と半ばうんざりしつつ読み進めたのだが、まさかこの角度からサプライズを仕掛けてくるとは。前世テーマのミステリーで、このパターンは今までなかったのではないか。登場するホストたちの書き分けが不十分などの課題はあるが、ある程度の改稿によって出版は可能だろう。
『私の価値を愛でるのは? 十億円のアナリスト』は個人的に不得手な世界だったが、主人公を含め登場人物たちのキャラが立っており、ウェルメイドなエンタテインメントという印象で楽しめた。大きな欠点もなく、加点法ではなく減点法で評価するならばこの作品が一番大賞に近いだろう。『九分後では早すぎる』『謎の香りはパン屋から』は、いずれも「日常の謎」系列の連作ミステリー。前者は学園もの、後者はお仕事もので、個人的にはパン屋という舞台の目新しさとキャラクター造型の達者さで後者を推したが、前者のほうを推す選考委員もおり、甲乙つけ難い評価になったため2作とも最終に残ることになった。
 残り2作については私はあまり高く評価できなかった。『どうせそろそろ死ぬんだし』は、死期が迫った人間を何故わざわざ殺すのかという魅力的な謎に対して解決が凡庸だった。更に問題含みなのが『魔女の鉄槌』で、手記というスタイルは時代考証を出鱈目に書いてもいいという言い訳に使うべきものではない。そのあたりを大目に見てもらいたいのであれば現実のドイツ(神聖ローマ帝国)ではなく、ドイツに似た異世界を設定すればいいだけの話であり、歴史ミステリーを書く姿勢としてあまりに安易である。昨年の大賞受賞作『ファラオの密室』を読んで、史実とフィクションの関係を学び直していただきたい。また、この手記が何のために書かれたのかもよくわからなかった。
 惜しくも最終に残れなかった作品では、『1962 流浪の殺人』は私だけが高得点をつけた。主人公の設定と真犯人の意外性との関係がよく考えられている点を評価したのだが、この程度の使命で北朝鮮が工作員を何人も送ってくるのか……といった根本的な設定に無理があるという他の選考委員の指摘に反論できず、最終には推せなかった(漢字変換のミスが多いのも気になった)。『シビュラの囁き』は、脇道に逸れることなく謎とその解決だけに絞り込んだストイックな構成を評価する。ただ、もう少し真犯人を隠す努力をしてほしかった。『電気犬の見る人間の夢』は、SFとしては過去の名作で読んだような要素だらけであまり評価できないが、電気犬の襲来シーンのホラー的な迫力はなかなかのものだった。
 ここからはやや評価が落ちる。『鼠』はテロリスト側があの手この手でいろいろ仕掛けてくるアイディアの豊富さを評価したいが、陰謀の構図はわりと早い段階で見えてしまうし、公安部長のあまりにも戯画化された悪役ぶりが浮いている印象。『夜の歌、ピクシーの歌』は、呪いの歌の歌詞に秘められた真の意味が、本来ならもっと早くに気づいて然るべきものなので、それまで切れ者という印象だった探偵役の唯がラストで急に迷探偵になってしまったという印象を受けた。『RION』はサイキック・サスペンスとして既視感が拭えない。昨年、最終選考に残ったこの人の応募作よりかなり魅力を欠く出来なのが残念。『ナノフィアの楽園』は一定の水準に達しているけれども、「ここが売りになる」という突き抜けたところが乏しく、評価に困った。『sustainable woman』は主人公の設定は興味深いものがあったけれども、無理に殺人事件を入れたような印象を受けた。『境界探偵とゴミ屋敷の殺人』は殺人が起こるまでが長すぎる。前半の職業的蘊蓄もそれはそれで面白いのだが、流石にその要素だけで中盤まで引っぱるのはバランスが悪い。『悪神』の構成にはいろいろと驚かされたが、それがミステリーとしてのサプライズなのかと言われると疑問が残る。『探偵と五人の息子たち』は前半のもたつき具合が評価を下げた。
 残る3作は更に評価が落ちる。『十二人のイカれた人々』は、プロローグの仕掛けが大した効果を上げていない点はともかく、面白くなりそうな内容なのに書き飛ばしが目立つ点は弁護できない(小説ではなく舞台劇か映画だったら面白く感じたと思うのだが)。小説としての文章を書くということについてもう一度考えていただきたい。『わたくしは探偵を殺します』は探偵側と犯罪者側の関係の描写がとにかく浅い。特に滝川があまり名探偵に見えないのが致命的だった。『ラマダンの陽炎』は宗教ネタの掘り下げに大いに不満が残る。

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