第22回『このミス』大賞 2次選考選評 大森望

自分の武器となるアピールポイントが必要

 第22回『このミステリーがすごい!』大賞の二次選考は、三年ぶりに対面で行われた。応募総数409作品の中から、一次選考を通過して二次選考の土俵に上がったのは過去最多タイの24作品。激論のすえ、最終選考にコマを進めた6作については最終候補の選評でくわしく書くことになるので、ここでは例年どおり、惜しくも二次選考で敗退した残りの18作品について、おおむね大森個人の評価が高かった順に、簡単にコメントする。
 大森がAマイナス以上の評価をつけた作品の中で唯一最終に進めなかったのが、上田春雨『死に至る6バイト』。パパ活JKがクラスメイトの連続死の謎を解くイヤミス系ハードボイルドだが、主人公の突き抜けたキャラが痛快で、一種のピカレスクと言えなくもない。個人的には楽しく読めたが、たしかに好き嫌いは分かれそう。それを別にしても最終候補入りのレベルには達していると思われたが、賛同が得られず、涙を呑んだ。
 堂ジョン『バンカー・バンカー』は、山中のニュートリノ検出施設(極秘裏に核バンカーの機能を持たされている)で連続殺人事件が起こる密室もの。夕木春央『方舟』に真っ向から挑戦状を叩きつけるクローズドサークル型の本格ミステリーで、シンプルで大仕掛けなトリックは、ネタとしては非常に面白い。ただし、準備があまりにも大変なわりに成功確率が低くてコストパフォーマンスが悪すぎるというか、なんのためにそこまで? という疑問が拭えない。それ以外にも、トリックの魅力だけでは相殺できない欠陥が多すぎて、簡単には修正できないだろうと判断された。
 天地理『嘘つきな探偵に真実を』は、青崎有吾系のロジック押し〝日常の謎〟本格ミステリー。全4話の連作にはクイーンの国名シリーズ風のタイトルがつき、作中でもマニアックな会話が交わされる。失踪した姉が書いた小説を別の人物(名探偵)に読ませて作中の結論とは違う新たな解釈を引き出すというパターンで、どうでもいいような謎(「コーヒーの出前を注文したのはだれか?」など)に対して、精緻で複雑な(めんどくさくてうっとうしい)議論が組み立てられていく。日常の謎4編の中では「ダブルダッチの謎」がいちばん読ませる。全体としては議論がくどすぎてちょっと胃にもたれる感じ。
 橘むつみ『空白の椅子』は、デジタル・フォレンジック調査士たちがIT企業の昇進試験のため洋館に集められ、ある事件の真相を探る推理ゲームもの。よくあるパターンのわりに、外枠の設定に無理がありすぎる。欠点をカバーするほどのキレが結末にあればよかったのだが。
 以下、あまりぴんと来なかった候補作について、順不同でコメントする。
 山本そら『見える人たち』は、幽霊が見える刑事と占い師が連続殺人の謎を追う話。着地点が見えないまま物語が進み、サプライズに見舞われる。なんとも独特の警察ミステリーで、一定の魅力はあるが、特徴を生かし切れていない。
 桂木希『悪魔のロジック神のセオリー』は、導入(天才棋士が世界最高度のAIと対局して勝つ)はともかく、そこから先の展開に説得力がない。
 青山蕨『ブリッジ』は愛媛県の田舎町で起きたネイルガンによる連続殺人事件をめぐる警察小説に、空き家再生プロジェクト、地元工務店、レイプ事件その他がからむ。話はそれなりによくできているが、さすがに地味すぎる。
 山田星霜『脳取-ノットリ-』は、設定が野心的というか、ちょっと面白いが、小説の書き方があまりにも雑。もっと推敲しないと上には上がれない。
 サティスファクション吉田『ウィザーズエンド』は、飛行船内連続殺人もののライトノベル系魔法アクション特殊設定本格ミステリー。飛行船や魔法ものの本格ミステリーにはいくつか有名な先例があり、とりたてて新味が感じられないうえ、キャラクターも弱い。
 木元哉多『殿塚に呪いをかけないか』は、同じ団地に住む小学校5年生の幼馴染み7人が呪いをかけた同級生が翌日死亡、その7年後、当時のメンバーがひとりずつ死んでいく――という趣向のホラー風サスペンス。まとまっているものの、展開が平凡。
 風戸涼『秘境駅に消える』は鉄道ファン向けの秘境駅トラベルミステリー。旅情たっぷりだが、ミステリー的にはあまり盛り上がらない。うまく書けば可能性はありそうだが。
 蒼峰天嶺『不退転の花』は、女性刑事が年下のキャリア警視とコンビを組む警察ミステリー。苦心のあとはうかがえるが、もうひとつ華がない。
 永世文人『容疑者「幽霊」』は、長野県の村で起きた怪現象の調査に赴いた大学生たちの話。これも〝よくある話〟から突き抜けてアピールするプラスアルファが足りない。
 酒呑堂ひよこ『ニケの首』は、5年前に起きた女子高生バラバラ連続殺人&死体遺棄事件の謎に、被害者の弟にあたる少年が従兄弟とともに挑む話。当世風のミステリードラマっぽい設定で、オリジナリティや新味に乏しい。
 矢崎紺『運命の子』は外界から切り離された特殊な村を舞台とする麻耶雄嵩的な閉鎖環境本格ミステリー。村のルール(高時家の女児は18歳までに死ぬとか)をもっと突き抜けた超自然設定にしたほうがよかったかも。
 瀬野純『悪魔のDスナイパー』は、ロシアのウクライナ侵攻にドローン使いの少年を投入した時事ネタのサスペンス。意欲は買えるが、文章が雑すぎる。
 雨地草太郎『マリンフラワーの密室』は、瀬戸内海の島を舞台に展開する古色蒼然とした伝奇ミステリー。いくらなんでも話が古すぎる。現代ものとして書くなら、なんらかの手当が必要では。
 桐生圭一『失われし者のために』は、交通事故で長男を亡くした1年後、4歳になった長女が、「私の体にお兄ちゃんが入っている」と言い出すところから始まるホラー・ミステリー。果たして長女の体にはほんとうに長男の霊が宿っているのか? そう新鮮味のある題材ではなく、料理の仕方にも工夫が足りない。
 こうしてみると、やはり、最終選考に進むには、「これだけは他の作品に負けない」というアピールポイントが必要。何が自分の武器になるのか、よく考えてトライしてください。

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