第20回『このミス』大賞 2次選考選評 村上貴史

“新しさ”を備えた上で、ミステリーとしていかに作り上げたかが勝敗を分けた

 23作品のうち8作品が最終候補となった今回の『このミステリーがすごい!』大賞の二次選考。20回目にして過去最多の最終候補作となった。まずはこの8作品について。
 金平糖『館と密室』は、とにかく密室トリックの量で圧倒してくれる。量だけでなく質も(だいたいにおいて)満足できるレベルのものばかりで、クローズド・サークルでの連続密室殺人事件を正攻法で描ききったと評価できる。しかも、密室殺人が並ぶだけではなく、ストーリーにも大きなツイストを仕込んでいるから、なお嬉しくなる。そこに程よく青春小説要素も織り込まれていて、まずは文句のない出来映えだった。
 柊悠羅『不動の謀者』はアイドルと警察小説を組み合わせるというアイディアが、単なる思い付きに止まらず、きちんと活かされるプロットとして構築されている点に感服。元警察官の現役アイドルという主人公の造形も(その裏側を含めて)しっかりと行われていて、物語の軸として有効に機能している。文章も落ち着いていて読みやすく、ストーリーもなめらか。こちらも満足度の高い一作であった。
 秋野三明『ぬるま湯にラジオ』は、あちらこちらへと気ままに転がっていくようなストーリーが心地良い。現在は伝記作家として暮らしているという主人公がきちんと生きているし、彼を取り巻く人々にも存在感があるからこそ、起伏に富んだストーリーでも読み手は安心して愉しめる。それを実証するような作品だ。
 特殊な設定を活かして成功したミステリが浅葱惷『彼女は二度、殺される』である。死んだ人間を一時的に蘇らせる能力を持つ者がいるという世界において、現実世界の論理を軸足として丁寧に推理するミステリを構築した点を高く評価したい。特殊設定に頼りすぎないようにと意識したのだろうか、あまりに現実べったりのトリックも使われていて、それはそれで作品世界を乱しているようにも感じた。そこは改善の余地あり。
 角張智紀『奈落の空』は、かなり悩ましい作品。これもまた特殊な世界のミステリであり、その世界ならではのトリックで不可思議な状況を演出してくれる。その大胆さを味わう喜びを感じるのは確かなのだが、その一方で、特殊な世界の構築に物足りなさを感じたことも否めない。ある新テクノロジーが作中で重要な役割を担っているのだが、その技術が多岐にわたって及ぼすであろう影響のうち、作者にとって都合のいい部分しか語られていないのだ。他にも様々な影響をこの技術は及ぼすはずで、それを真面目に考えると、この世界が成立しなくなる可能性すらある。読んでいる最中は、どうしてもそこに引っかかりを覚えてしまい、結果として小説に満足は出来なかった。ただし、「この世界が成立していること」を所与のものとして認めてしまえば、ミステリ的な発想の大胆さが輝くことは否定できない。本作を加点法の考えで強く推した選考委員の意見を尊重し、最終選考に残すことに同意した。
 残る3作品、つまり南原詠『バーチャリティ・フォール』と遙田たかお『ダイナマイトにつながったまちがい電話』、さらに小溝ユキ『坊っちゃんのご依頼』は、いずれも一次選考で自分が選んだ作品。選評はそちらを参照していただきたいが、全作品が最終選考に進めることを嬉しく思う。
 続いて、残念ながら最終候補作とはならなかった作品について。
 五島和哉『フランダースの犬たち』は15世紀のイングランドを舞台にした冒険小説。こうした小説では(特に新人賞の応募原稿の場合)、ともすれば、著者が勉強した情報を詰め込みすぎになりがちだが、本作にはそうした問題点は見当たらず、地の文もセリフもきちんと読みやすく仕上げられていた点がよい。ただ、それが小説として軽みとなってしまったのは、大賞の座を争うこうした場では弱みになってしまった。
 一つの座を争うという観点で残念だった作品をもう一つ。伊藤丈太郎『或る一日署長の女』だ。本来ならば設定のユニークさとそれをエンターテインメントとして活かした点を長所として勝負するはずが、そのユニークさが他の作品(『不動の諜者』)と重複してしまうと、それ以外の点が勝敗を分けることになる。個人的には書きっぷりのぎこちなさが気になったが、それが直接の敗因というよりは、『不動の諜者』の方が(類似設定であっても)絶対値として加点要素が多かったことが決め手だろう。同様に最終候補作とネタが重なってしまったのが、DAi『バーチャルの世界で見た光景』である。こちらは、本人の顔を出さずにCGで作ったキャラクターを通じて配信するというバーチャルライバーたちの世界を描いたミステリ。実社会での正体探しや脅しなどを絡めて、あるライバーの消失と、その背景にいると噂されるハンターなる存在を探る――という具合に、基本的にはライバーたちの社会に閉じて(一部主人公の大学生活も描かれているが)サスペンスを構築した。それはまずまず魅力的であった。ハンターの正体について語る結末部分がいささか表面的でがっかりはしたが、ライバーたちの思惑の絡み合いは愉しく読めた。だが、『バーチャリティ・フォール』と並べてしまうと、そちらがVTuber界隈を、その外側のビジネスバトルまでを含めた観点でテンポよく描ききり、結末でも失望させなかった点で、どうしても色褪せて見えてしまう。
 一つの座を争って落ちた作品は、まだある。秋野三明『妻が人を殺しています』だ。これは自作『ぬるま湯にラジオ』との争いとなった。過去に中山七里が『さよならドビュッシー』と『災厄の季節』で2作同時に最終候補となったことがあるが、その2作品がそれぞれに個性的で、かつ力量のある作品であること(一方は大賞受賞、一方は『連続殺人鬼カエル男』として刊行)を知っているだけに、今回の2作を両方とも最終候補にするという選択肢はなかった。とはいえ、最終に残らなかったこちらの出来も悪くはない。導入部も巧みだし、後半の展開もまずまず。著者の地力を示すという点では、今回の2作投稿は成功だったといえよう。
 強みも弱みも顕著だが、後者が勝ってしまった作品もある。新田総一『大麻村』は、前半は非常に愉しく読めた。だが、麻薬ビジネスが成長するにつれ、エピソードの具体性や説得力がどんどんと弱まっていき、前半には確かに備わっていたリアリティがなくなってしまう。前半での遊戯王カードの活かし方など巧みだっただけに、それを数千万円や数億円が動く世界でいかに成立させるかがカギとなる。それに加えて敵役の正体も残念。こうしたツイストなら、もっと巧みに仕込むか、あるいは使わずに済ませた方がよかろう。雨地草太郎『少女たちの秒針』からは、ノストラダムスの大予言という題材を「何故この二〇二一年に世に問うのか」が感じられなかった。中心となるトリックを成立させるために丁寧に周辺状況を作り込んでいて好感を抱いただけに残念。クロバマサト『ネコノベル』は猫の視点で猫社会と人間社会を描くという設定だが、アキフ・ピリンチ『猫たちの聖夜』という前例(パソコンを操る猫も出てくるし、猫視点での社会意識も共通)があるだけに厳しい。最後で明かされる“手段”はそれなりに現代的であり、なおかつ著者のオリジナリティが感じられただけに、作中に記述すべき情報を絞り込んでシェイプアップすれば(冗長な小説になっていることそれ自体も欠点)、最後の独自性こそが光ったのではなかろうか。
 不思議な魅力を持っているのが東埜昊『仏もときに幾何学する』。正直文系の人間には馴染みのない斉次座標だの刈屋の定理だのという言葉を既知のものとして(ときに数式、ときに図などを読者に対して提示しつつ)登場人物たちは快活に会話を続ける。そこに日本史の知識やら江戸時代からやってきたという謎の男が絡んできたりして、話は混迷の度を増していく。読者は、特に幾何学の話などちんぷんかんぷんな状態におかれることになるのだが、そうであっても、そうした会話や、それを繰り広げる主要人物たちに親しみを覚えてしまうのである。そんな不思議な魅力はあるのだが、主人公たちが謎の男に関与する必然性が弱く、また、ミステリとしての中核もはっきりしておらず、この賞の最終選考には推しにくい作品だった。結末近辺のアクションもそれまでの雰囲気を壊している。だが、幾何学を現実に投影する世界を愉しく読ませる才能は特異であり、独自の強みに化ける可能性がある。次回作に期待、だ。
 上記の作品群と比べ、弱みがより顕著だった作品について以降に記すが、まず、いずれも一次通過作であることは、改めて強調しておこう。読み手(つまりは一次選考委員)を魅了した小説であることは確かなのだ。
 というわけで、まずは、タイプは異なるがいずれも新鮮味に欠けた2作品から。高治博『残照の海』と夏目璃子『12月の僕は、7月の君に会いに行く』である。前者はクラシカルなハードボイルドで、後者はタイムリープを繰り返すようになってしまった高校生の物語。いずれも文章もセリフもなめらかに流れており、そういうものだと思って読めばまずまず愉しく読める。しかしながら、新味には著しく欠けていて最終には推せない。獅子宮敏彦『ククリの小姓 信長謀記』は、また別の観点で新鮮味に欠けていた。著者は信長や秀吉が活躍した時代を舞台としたミステリをいくつも発表しているプロで、この応募作もその時代を描いた一作。故に安心して読める小説には十二分に仕上がっているのだが、本賞公式ページの「このミス大賞とは」に記載された「本大賞創設の意図は、面白い作品・新しい才能を発掘・育成する新しいシステムを構築することにあります」や「次世代のエンターテインメント作家を応援」という観点からすると、史実の謎に対する著者の解釈を記すというスタイルの本作は、新しさ不足といわざるを得ない。史実の謎としての目の付けどころもニッチすぎるのではなかろうか。
 閉鎖環境での連続殺人という構造が最終候補作『館と密室』と重なったのが、大立風『紅い祝杯は人魚の血』。だが、この作品は戦って負けたというより、戦う以前に自滅したに近い。連続殺人における一つの特異点について、作中で誰も掘り下げとようとせず、結局はそれがトリック(の一つ)だったというのでは、読み手は満足しないだろう。クローズド・サークルのなかの張り詰めた空気も、『館と密室』と比べて物足りなかった。岩崎綾『切断』もそう。着目してしかるべきと読者が思うところに、作中の警察は何故かなかなか目を向けないのだ。テンポのよい語り口に今後の成長を期待できるだけに、事件とその解明の手順をさらに練っていただきたいと思う。瓜生雄輝『BURLESQUE ―バーレスク―』は、9つのシーンで構成されているが、それが緊密な構成美を生むというより、散漫さを感じさせる結果に終わっている。お色気要素も過剰ではなかろうか。ただし、筆致自体は悪くない。藪坂華依『大学受験殺人事件』は、屋上からの転落死を始め、謎解きの際の説明が不足している。小説としての動きが少ないのもマイナス点。
 以上23作品、それに一次選考で読んだ作品も含め、やはり新しさを感じさせる作品は強い。そもそも新人は存在自体が新しさなのだが、例えば、『不動の謀者』におけるアイドルと警察小説の抜群に有機的な結合であったり、『バーチャリティ・フォール』の特許バトルという着眼点(とそれをエンターテインメントとして描ききる知識と筆力)であったり、『館と密室』でクラシカルな題材を新鮮な一品に化けさせる質と量と物語としてのツイストの徹底追究であったり、だ。また、その新しさを題材に求めるだけだと、アイドルや映像配信のようなかたちでネタの重複が発生した場合、勝負のカードが消失してしまうことになるので要注意。ミステリとして、そして読み物として、きちんと作り上げる努力は不可欠だ。もちろん『館と密室』が代表するように、新しさのかたちも様々である。
 さてさて、次回の応募作はどんな新しさを備えているのか、そしてどれだけ力強いミステリ&読み物に仕上がっているのか。愉しみである。

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