第20回『このミス』大賞 2次選考選評 千街晶之

歴代大賞にも引けをとらない、一押しの作品

 今回、二次選考に上がってきた23作のうち、最も評価が割れたのが『奈落の空』だった。というか、強く推したのは私だけだったのだが、とにかく奇想天外で、大風呂敷を拡げまくりなのに、最後にはちゃんと畳んでみせた点を高く評価する(細部にはいろいろと疑問点もあるにせよ)。どう考えても合理的に謎解きできるタイプの話ではなさそうなのに、ちゃんと本格ミステリーとしてのロジックも通している上に、常識破りの大トリックもある。一度は否定される馬鹿馬鹿しい仮説が一部は正しかったというあたりもミステリー的なセンスを感じさせるし、空と地面が上下逆転してみんなが落下していく中で空中を歩く少女というイメージの鮮烈さも印象に残る。最終選考委員でもある大森望氏の評価が厳しかったので大賞は難しいかも知れないが、個人的には歴代大賞にも引けをとらない作品だと思うので、何らかのかたちで世に出るべき才能であると断言しておく。
 その他、二次を通過した作品を紹介していくと、『不動の諜者』はよくあるアイドルミステリーかと思いきや、中盤から予想もしない方向へ進んでいったので驚いた。前半の不自然さが後半伏線として回収される構成が見事である。『バーチャリティ・フォール』は、特許権侵害専門の法律事務所という設定が目新しい。専門的になりがちな内容をすいすいと読ませる力があり、エンタテインメント作家としての確かな実力を感じさせる。『館と密室』はひとつひとつの解決の小粒さをトリックの物量作戦で補って成功しており、最初からリアリティなど無視したつくりものならではの楽しさに溢れている。『彼女は二度、殺される』は特異な能力を持つ探偵役が活躍する特殊設定ミステリーで、あまり類のないトリックが使われているが、一方で早い段階から見え見えな部分もあった。『ぬるま湯にラジオ』は一族の呪いというテーマながら、語り口は軽妙。先が読めない展開もいいが、一次選考の選評でも指摘されている通り、どう考えても一人称にしたほうが良かったのではないか。『ダイナマイトにつながったまちがい電話』は殺し屋の成長劇というありがちな内容ながら、テンポよく読ませる。『坊っちゃんのご依頼』は登場人物たちが薄っぺらすぎて、彼らがどうなろうと何をしようとどうでもいいという気分になってしまい、全くのめり込めなかった。
 二次を通過できなかった作品のうち、最も惜しかったのは『或る一日署長の女』だ。前半は警察署内での爆発事件がメイン、後半はそこから派生したタレント殺害未遂事件を倒叙風に描くという風変わりな構成が評価できるし、神という元監察官のキャラクターも悪くない。では何故最終に残れなかったのかというと、芸能人+警察というモチーフが、より出来のいい『不動の諜者』と重なってしまったという「ネタかぶり」が原因。それさえなければ最終に残る可能性もあったと思うが、新人賞においてはこういう運も結果を左右することがあるのだ。
『フランダースの犬たち』は、一般に馴染みの薄い時代を背景にしつつ、二つに割れた英国王室をはじめ諸勢力の思惑が入り乱れる陰謀劇をスリリングに描ききっていて読み応えは充分。ただし、三人称多視点の使い方には問題がある(前半はほぼイザベラが主人公と言っていいのにだんだんマリアの視点が増えたせいで、イザベラの印象が薄くなっている)。『少女たちの秒針』は、何故、犯行がそのタイミングでなければならなかったかというトリックの必然性が考え抜かれていて好感度は高かったが、ノストラダムスの大予言の雑な絡め方で減点せざるを得なかった。そこは削除しても良かったのではないか。
『大麻村』は楽しく読めたが、この真相ならなんでもありだろうという安易さも感じた。『大学受験殺人事件』は文章やキャラクター描写はしっかりしているけれども、解決に魅力と説得力がない。『仏もときに幾何学する』は、歴史の謎を現代人が解くタイプのミステリーにありがちな「現代パートがつまらない」という弊害を免れている点は評価する。しかし、私にはこの小説はよくわからなかった。『バーチャルの世界で見た光景』は頭脳戦ものとしてそれなりに読ませるが、結末は拍子抜けである。『ククリの小姓 信長謀記』の作者はプロの作家だが、これまでの作品と比べると謎が玄人好みすぎて読者への訴求力が乏しい。どうしていつものトリッキーな作風から離れたのだろうか。
 ここからは更に評価が落ちる。『妻が人を殺しています』は妻が殺し屋だったという設定自体に新味がなく、結末も投げやりで、同じ作者の『ぬるま湯にラジオ』より一ランク落ちる。『BURLESQUE ―バーレスク―』はひとりの人間の姿を複数の視点から浮かび上がらせようとする狙い自体はわかるが、焦点がぼやけた印象。『12月の僕は、7月の君に会いに行く』『ネコノベル』『残照の海』はどれも設定に新味や独自性が乏しく、既視感ばかり目立った。『切断』は、普通は死体の手に縛られた痕があったら警察はSMの可能性も検討する筈なのに最後のほうになるまでその可能性が浮上しないのが不自然極まりないし、伏線の張り方が露骨すぎて、最初の事件の動機も簡単に推測できてしまう。『紅い祝杯は人魚の血』は日本語が不自然な箇所が目立つし、やたら登場人物が多いわりに、来客はともかく、館の住人の描き分けが全くなっていない。

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