第19回『このミス』大賞 2次選考選評 村上貴史

ライバルに勝るには、強みを圧倒的なものに磨き上げ、欠点を減らすこと

 一次選考の際にも感じたのだが、二次選考もまたレベルの高い作品が多数あり、悩ましい選考であった。各作品を読み終えた直後の印象では、A以上が12作、B+も3作品あり、実に62.5%が推したい小説だったのだ。他のお二人の選考委員も今回は粒揃いと感じられていたようで、そんななかで、6作品を最終選考へと送り出すことになった。まずはその6作品について述べておこう。
 呉座紀一『甘美なる作戦』は、なかなかに巧い小説である。序盤の地上げなどのマッチポンプ型の犯罪はちょっと底が浅い気がしたが、最終的にはあれこれのパーツが鮮やかに組み上がるように作られていて感心させられた。特に宝くじの使い方が巧い。このネタが複数パターンで活かされていたのだ。お見事。強いていえば、作家の盗作騒動が全体のなかで少々浮いていた点や、時系列を特定させるために大谷翔平を登場させた点に不満はあるが、全体として上出来という評価を損なうほどではない。キャラクターもよく書けていたのだが、さらに磨くとすれば、主役級と脇役級でもう少しメリハリを付けてもよかっただろう。
 高野ゆう『虐待鑑定 ~秘密基地の亡霊~』は、中心に座っているネタにはいささか既視感があるのだが(私が想起した映画を、別の選考委員の方も言及されていた)、連続殺人と思われる事件の被害者の共通点に新鮮味があり、しかもそれが主人公の設定としっかりと呼応していて、愉しく読めた。事件を起こすテンポや、過去を振り返るタイミングもよく、良質のエンターテインメント小説である。
 柊悠羅『悪魔の取り分』は、今から2年後の物語。作中で新型コロナが直接扱われているだけに、その部分の陳腐化がリスキーな要素ではあるが、それを勘案してもなお、魅力的な小説だった。厚労省の若手役人とベテラン刑事のバディは魅力的に書けていて、読み手を力強く引っ張っていってくれる。役所や医学に関してもきちんと調べているように感じさせる記述であったし、しかも、その情報をきちんと小説の文章に仕立てて読者に提供している。怪しい人物の隠し方や設定(経歴や動機)はもう一工夫した方がよいと思うが、全体としてはよくできていた。新人賞では珍しいのだが、タイトルもきちんと考えて付けられていて好感が持てる。
 龜野仁『砂中遺物』の細部には感心させられた。特にアクションの描き方が巧いし、小ネタにもセンスを感じた。一方で、某国に占領された日本という舞台を設定したこともあり、その説明に追われていた印象も否めない。武器や車の描写も濃密で、ストーリーそのものに対して、それらの情報が多過ぎるのではないかと感じた。それを贅肉と感じるか、メインディッシュの一部と捉えるかは、読み手次第だろう。
 新川帆立『三つ前の彼』は、導入部の魅力でいえば、今回の候補作のなかでもトップクラスであった。大企業の御曹司が残した遺書が「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」というビックリもあれば、破天荒な行動に走る若手弁護士のキャラクターもインパクト大である。それに較べてしまうと、着地が弱い。無理もないことではあるが、読者への説明や辻褄を意識したせいか、導入部より大人しくなってしまっているのだ。竜頭蛇尾というほどではないが、改善の余地はあろう。
 東一眞『クロウ・ブレイン』の魅力は、一次選考の選評で述べたとおり。カラスが暴れる小説は他にもあるとの指摘もあったが、それでも最終選考に残ったという事実が、この作品の力を物語っている。
 残念ながら二次選考は通過できなかったが、それでも長所の多かった作品を続いて紹介するとしよう。議論の結果をふまえてのことで、正直なところ、自分の第一印象の推しの15作よりも数は増えている(今回はそんな回だったのだ)。
 鈴涼ノ介『嗜虐的世界』は、シンプルでスッキリとした骨格のデスゲーム小説。VR没入型ゲームの世界におけるサスペンスはなかなか。だが、中盤から後半で提示されるゲームが前半のそれと較べてパズル過ぎるし、また、作中人物たちに対する束縛も緩くなっていて緊張感が薄れるのが残念。序盤での高校の特殊性みたいなのは余計。途中で一人キャラクターを追加して変化をもたらすという構成には好感が持てるし、結局清々しく終わるのもよい。
 白紙乃かるた『いびつな垂蛹』は、幼いころに家族三人を殺された少女の復讐物語としてサスペンスに満ちており、しっかり読ませてくれた。いささか偶然の要素はあるものの、連続殺人に便乗するという展開も、そこまでならまずまずOK。しかしながら本作では残念なことに、それ以上の人間関係が復讐譚と連続殺人の間に存在していて、これは受け入れがたい。また、終盤での警察官の動きも唐突で、あの女性警官がこれだけのこと(ルール違反だ)をやるのであれば、それを自然と感じさせるだけの描写をそれまでに行っておくべきだった。総じて、余計なことをやり過ぎて本来の魅力にケチを付けてしまったと感じた。そのエネルギーを本筋を(その語り方を)磨く方に費やした方がよかったのではなかろうか。
 橘伊織『STRANGER’S RACKET』は、英国でオッズメーカーとして働く日本人という主人公設定がまず興味を引く。オッズの設定そのものが表に出ない情報の収集やら推理やらといった要素を含んだ作業であって、ミステリ読者として心を奪われるのだ。著者は更に、この主人公に復活を目指すテニスプレイヤーという役割も与えていて、これはこれできちんと書けている。過去に追った心身の傷もよく作られていて、著者の力量を感じさせる。しかしながら、そこにさらにFBIやら麻薬カルテルがトッピングされ、御朱印帳の謎までもがトッピングされてくると、オッズメーカーという“知らない世界のリアル”の魅力が損なわれてしまう。荒唐無稽on荒唐無稽、といった世界にそのリアルが埋没してしまうのだ。自作の魅力がどこにあるのか、それを最も際立たせるにはどうすべきかを考えるべきだろう。
 高山佳樹『常山蛇勢』、鹿西絵夢『ダウト・イット ~Doubt It~』、鎹ミト『スタンドアローン』の長所は第一次選考の選評に書いたとおり。例年以上に強者が揃った二次選考においては、『常山蛇勢』は将棋の扱いに関するいささか強引な展開が欠陥として指摘され、『ダウト・イット』は、結末の弱さが指摘されて、最終選考進出を逃した。『スタンドアローン』は作品の構成要素が定番のものばかりという指摘で、やはりここまでとなった。新人賞という勝負において、ライバルの方が強かったといえばそれまでだが、いずれの作品も長所は備えており、決して一方的な弱者ではなかったことは繰り返し述べておきたい。
 壱五六『本能寺の変オブ・ザ・デッド』は、タイトルがすべてといってもいいシンプルな構成で勢いよく最初から最後まで熱く突っ走っていく小説。非常に愉しく読んだのだが、根本がワンアイディア小説であり、そこに他の二人の選考委員の共感を得られないとなると、掩護のしようがなくなる。序盤でいささか露悪的に下半身描写に走りつつも、後半でそれが活かされておらず、最終的には賞争いにおいて欠陥としてしか機能しなかった。残念。
 小松こまち『死語になる』のアイディアもユニーク。「死語」がキャラクターになって動き出すという世界を設定し、それと現実社会を重ねた上で、ミステリを構築しているのだ。いささか筒井康隆めいたところはあるが、死語の世界でのデスゲームは愉しく読めた。しかしながら、現実世界(の謎)と重ねたことで、死語の世界でのデスゲームと現実世界の謎という二兎を追う状態となってしまい、サスペンスが薄れている。重ねたことでなにかプラスαのサプライズでもあればよかったのだが、そうではなかった。別の男性視点のパートが存在することも、散漫な印象を加速してしまう。「神出鬼没」に関するネタなど、細部できらめくアイディアは作中に存在しているので、誰の視点でなにをどこまで語るかを整理し、また、現実と死語の世界を重ねる意味を磨けば、まったく新鮮なミステリに化けるのではなかろうか。
 松本央輔『セブンアイランド』は、他人に自分の存在を覚えてもらえないという特性を持つ人物を相手に、主人公が南の島で昼から酒を飲むといった南国自堕落小説的な序盤が、まあこの上なく心地良い一冊だ。とはいえ、これはミステリとしての魅力ではなく、本書においては、別の要素(知恵の使い方)がミステリとしての魅力を生むという造りになっていた。しかしながら、そちらの要素には前例があり、なおかつその前例の方が巧みであると言うことで、そうなるとミステリの賞では敗退を余儀なくされてしまう。この人の書く小説をもっと読んでみたいと感じただけに、残念な結果だ。ただし、今作を読む限りでは、持ち味はミステリではなさそうであり、ストレートに“次回に期待”といいにくい。ミステリの色が薄い他の賞の方が、この作者にとっては相性がよいのかもしれない。
 瀧本無知『エキストラ』は、青臭くておセンチで、でも、そこがよい。とはいえ、そこに至るまでの死者の記憶世界という作品の主要舞台でのルールが、だいぶ入り組んでいる。基本ルールはさほど複雑ではないのだが、死者の記憶のなかの死者の記憶、なんていう多重性が許されている世界なので結果として複雑性は増し、読者としての作品への没入感が損なわれるのだ。しかしながら、それをG+++とかいった記法でなんとか読者に直感的に伝えようとしていて、好感が持てるし、その複雑さをまるごと愉しもうという気にもなったりする。といういささかひねくれた感想を抱いてしまうのだが、その複雑さのなかで、「エキストラ」の言葉がキラリと光っていた点に注目した。これは胸に響く言葉であって、つまり、作者が世界構築に熱心になっているだけの書き手ではなく、その世界で生きる人を描こうとしていると感じさせてくれる言葉だったのだ。とはいえ、この言葉が光るのは、作品世界があるからこそなので、悩ましい。どうにか改善できないか……案が浮かばない。
 冴内城人『静かに眠るドリュアデスの森で』で残念だったのは、謎が薄く、ミステリであると感じさせてくれるのが遅かったこと。結局事件も真相もさほど存在感を放たぬままに、この小説は幕を閉じている。しかしながら、小説としては、非常に愉しく読むことができた。話のメリハリはあまり感じさせないのに読ませるのは、巧みな書き手だからなのだろう。花屋の描写がよいし、周囲の人々もよい。善人たちの物語として輝いている。性別誤認トリックを一ひねりして用いているあたりにミステリとして工夫しようという意識は感じられ、この仕掛けは肯定的に評価したいが、全体としてはやはりミステリとしての強さという観点でライバルには及ばなかった。ミステリの賞争いを離れ、“こうした小説”として読めば、十分に即戦力となりうる良作。
 残りは、私としては、もう一段階残念だった候補作である。
 千羽彩広『CVキラー』は、声優という世界を描こうとするあまりか、「Cが著者として語りたいことなのだが、Cを語るにはBが前提知識となり、それにはAが前提知識となる」といった考えを逆算してA→B→Cと流れるような説明が多々あった。それも、AもBも丁寧に説明していて、結果としてCを埋没させてしまっている。いかにCを伝えるかを考えて戴きたいし、また、説明文以外の伝え方も検討すべき。科白でもいいし、行動でもいいし、思考でもいい。小説なのだから、地の文での説明や、会話の形を取っただけの説明文だけで進める必要はない。換言すれば“どう伝えるか”“いかにして感じさせるか”を考えるということで、これはこれでエネルギーが必要なことだが、小説ならではの愉しみでもあるはず。とまあ『CVキラー』にかこつけて語ったが、『砂中遺物』『エキストラ』をはじめとして、他の応募作でも大なり小なりこの傾向は感じられた(しかも『砂中遺物』はこの欠点を乗り越えてきた)。なお、『CVキラー』だが、声優界という特徴的な舞台をしつらえており、その世界そのものはそれなりに愉しく読ませてくれたのだが、ミステリを構成する人間関係が定番とでもいうべき人間関係に止まっていて新鮮味に欠けたのが残念。
 愉しく読めたが、ミステリとしては薄味で、推薦はしにくかったのが、烏丸数人『死神の二律背反』と和久井透夏『楽しい修羅場の歩き方』。前者は、あるルールの下で死神として過ごすことになった男を描いた“青春死神小説”であり、まずまず爽やかでよかった。後者は、多くの人を惹きつけてしまう魅了体質という特殊な体質の持ち主(ある一族に時折あらわれる)を登場させ、それに魅了されたストーカーたちというコミュニティを作り上げていて、その世界ならではの問題解決は新鮮であり、ユーモアもあって満足。とはいえ、前述のようにこの両作品、ミステリとして読もうとすると物足りない。同様の弱点が、阿部考二『赦しのサクラメント』にもあった。謎そのものの魅力(その真相の魅力ではない)や、企業における副業推進室なる部門やその関係者の設定では愉しませてくれたが、それどまり。語り口の古さも気になった。これらの三作品に共通していえるのは、この賞に応募するからには、“ミステリであるライバルたち”とのバトルは意識すべき、ということである。
 響木琢『わかなみゆらむ』は美術関係の知識で、邑上主水『放課後は、ジャズ喫茶で謎解きを』は、ジャズレコードの蘊蓄で、それぞれ読み手をもてなしてくれた。だが、前者は登場人物たちの行動がどうにも一昔前で、また、秘密組織の造形も雑で、支持できなかったし、後者は、ジャズレコードの蘊蓄以外の構成要素に新鮮味が欠けた。
 西田快『確かに、燃えている』は、誘拐脅迫事件三連発するという導入部は鮮やかなのだが、そこから先、脅迫された人々が犯人の指示するゲームに強制的に参加させられ、そのゲームに緊迫感が欠ける(初めて訪れた町の町歩きといった風情なのだ)点で、読み手の期待は萎んでしまう。誘拐×3の真相は悪くないし、町歩きの風情も悪くないのだが、推理や謎解きが欠けていて、全体がなんとなく着地してしまっている。一方でエピローグに代表される唐突なエピソードもあったりしてバランスを欠く。
 以上24作品、こうしてレベルの高い争いになると、強みを備えているだけではダメで、その強みを圧倒的なものに磨き上げること、そして、欠点を減らすことの両面が必要になる。まずは長所を伸ばすことが大事だろう。その際、ご自身の作品の根幹となるアイディアだけで結末まで読者を引っ張っていく自信がないからといって、他の要素をトッピングして読者の興味をつなぎ止めようというのは悪手。今回の応募作を読んでいて感じたのだが、そうした上乗せ部分は、メインストーリーを相対的に弱めることになる。また、欠点についていえば、例えば謎解きが弱いなど、ミステリとしての弱みは致命傷になる。次回応募されようという方は、こうした点を意識して執筆して戴ければと思う。

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