第20回『このミス』大賞 最終選考選評

大森望

記念すべき第20回で、大賞に輝いたのは?

『このミステリーがすごい!』大賞も今年でついに20回。人間で言えば(現行の日本の民法では)満20歳の成人を迎えたことになる。それを記念して――というわけでもないが、今回は『このミス』大賞史上最多の8作が最終選考に駒を進めた。
 熾烈な混戦の中からいちはやく抜け出したのは、二次選考でもダントツの評価(3人全員がA評価)だった南原詠『バーチャリティ・フォール』。弁護士じゃなくて弁理士が主役という目新しさだけでなく、元パテント・トロール(特許権をタテに企業から金をふんだくる側)だった凄腕の女性弁理士・大鳥小夜が、今度は防衛側にまわって、特許権侵害の事前交渉を専門とする法律事務所を立ち上げた――という設定が面白い。しかも、今回のクライアントは、業界大手のVTuber事務所。この会社が抱えるトップVTuber、天ノ川トリィの撮影ツールが権利を侵害しているとの警告書が届き、トリィは活動休止に追い込まれる。依頼を受けた小夜は調査に乗り出すが……。
 というわけで、小説の中身は、特許の専用実施権をめぐる、けっこう専門的な法律バトルなのだが、ビジネス小説的な(『半沢直樹』的な)駆け引きと、リーガルサスペンス的なロジックと、VTuberという旬の題材の魅力が融合して、たいへんスリリングかつユニークなミステリーに仕上がっている。いくつかある小さな問題点も容易に修正可能ということで、満場一致で大賞受賞が決まった。昨年の新川帆立『元彼の遺言状』に続いて、気の強い女性主人公のリーガルものだが、甲乙つけがたい出来なので、ぜひ読み比べてみてほしい。

 最近の流行を如実に反映してか、今回の最終候補には特殊設定の本格ミステリーが複数入っていたが、その中から文庫グランプリを射止めたのは、ストレート勝負の金平糖『館と密室』。舞台は、ある理由から密室殺人が多発する(過去3年間に300件余)ようになった現代日本――というあたりは清涼院流水の《JDC》シリーズを思わせるし、実際、ちょっと辟易するくらいオタク度が高いが、連発される密室トリックはいたってオーソドックス(中ではドミノの密室がイチ推し)。宝島社文庫より講談社タイガ向きじゃないかという気もするが、本格ミステリ刊行ラッシュの中に割って入るだけの力はありそうだ。

 以下、惜しくも選に洩れた作品について。浅葱惷『彼女は二度、殺される』は、死者をゾンビ化して使役できる能力者が実在する世界が背景。この設定ならではのハウダニットのメイントリックには意外性も必然性もあって高く評価できるが、文章の粗さと、主人公にまつわるバレバレの仕掛けをひっぱりすぎるところがマイナス点。
 特殊設定の特殊度合いが度を超して、バカミスの上を行く法螺ミスの域に達しているのが角張智紀『奈落の空』。設定に無理があるどころか、根本的に成立不可能な話だが、笑っちゃうほどシンプルなトリックに、ある種の爽快感があることは事実。ただし、SF的に(というか物理的に)ありえない部分に目をつぶったとしても、常識的に実行不可能な部分はいかんともしがたく、さすがにこれを受賞作に推す勇気はなかった。長く語り草になるような怪作ではあるので、なんらかのかたちで世に出ることを祈りたい。
 柊悠羅『不動の諜者』は、警察学校の優等生が潜入捜査のためにアイドルになるという荒唐無稽な設定と、リアルな警察捜査小説風の語り口とのミスマッチが最大の魅力。その割に、メインの事件があまりにも普通すぎて面白味に欠けるのが残念だった。
 秋野三明『ぬるま湯にラジオ』は、高額の報酬とスリリングな体験を餌に某企業の創業者の伝記執筆を持ちかけられた売れない作家がたいへんな目に遭う話。導入はすばらしいが、だんだんリアリティがなくなっていく。
 小溝ユキ『坊っちゃんのご依頼』は、日本語学校に通う出来の悪い生徒の親が中国の富裕層で、教える側との生活レベルにものすごい格差が――というあたりの現代性が面白い。3億円の現金を(物理的に)持てあますところもユニークだが、事件の発端部分に無理がある。
 遥田たかお『ダイナマイトにつながったまちがい電話』は、まちがい電話がきっかけでいきなり殺し屋に弟子入りを志願する中年男の話。人を食ったような殺し屋レッスンとか、笑える箇所もいくつか。以上3作はいずれもオフビートな魅力のある犯罪小説で、それぞれに読みどころはあるものの、受賞作とするには決め手に欠けた。
 この3作も含め、うまく改稿されて刊行に漕ぎつける作品がどんどん出てくることに期待したい。

香山ニ三郎

個性的な作品は揃ったが、本命は不在か

 八本というこのミス大賞史上最多の最終候補作数を知ったときは嫌な予感がした。本命なしの混戦状態のまま、最終に残したのでは。だが、最初に金平糖『館と密室』を読んでひとまずほっとした。密室殺人が大手をふるうもう一つの日本。高校生男女が未解決の密室殺人事件伝説が残る埼玉の山荘を訪れ、次々に新たな密室殺人に直面するという密室殺人尽くし趣向が楽しい。主役の二人を始めキャラ設定もいかにもマニアックで、霞流一的なバカミス風味というか。その軽さ、偏り加減から、早い段階からこりゃ大賞というよりは文庫で隠し玉だな、という結論を出してしまったのは早計に過ぎたか。
 浅葱惷『彼女は、二度殺される』は死んだ人間を一時的に蘇らせる「傀々裡」のコンビが仕事である一家を訪れるが、肝心の娘の遺体は傀々裡が出来ないよう損傷されていた。事は警察沙汰になり、コンビも業務外の事件の推理に挑むが。今流行りの特殊設定ミステリーだが、謎解き的には端正ともいえようアリバイ崩しもの。第二の事件は起きるものの驚愕の展開がないのが物足りない、と思ってたら、終盤ぎょっとする仕掛けが用意されていた。ホームズ&ワトソン譚のパロディとして、あるいは双生児奇譚としても楽しめたし、ちょっとグロいけど好印象。これが本命となるか。
 秋野三明『ぬるま湯にラジオ』はうだつの上がらぬ伝記小説作家が依頼を受けて信州の実業家を書くことに。だが現地で故人の取材を始めた彼は呪われた闇を掘り起こす羽目に。品のない主人公がガツガツと情報収集に励む姿に独自性は感じるが、話自体はありがちなものにとどまっている。噛みつき女の正体も察しがついちゃうしなあ。残念ながら今回は見送りです。柊悠羅『不動の諜者』は警察官出身のアイドルが活躍する話――というと、いかにもテレビの深夜ドラマなんかでありそうなコミカルなバカっ話のようだけど、メンバーがテレビのプロデューサーから怪しいお香を渡されたと聞くと密かに調べ始める。そう、彼女は薬物を憎む潜入捜査官というわけで、中盤からはアクションありのシリアスな捜査劇へと転じていく。現実的にはとてもあり得ない設定とは思うが、キャラの魅力、読ませる力はあるので、これも隠し玉候補にどうかと。
 南原詠『バーチャリティ・フォール』は特許権侵害をめぐる争いに特許法律事務所の女性弁理士が挑む。プロローグの薄型テレビの特許権侵害案件の段階から専門的な術語が飛び交い、苦労させられそうな予感。案の定、本編たる女性VTuber・天ノ川トリィに対する特許権侵害の案件では専用実施権等よくわからぬまま読み終えることに。現代経済の最前線をとらえた題材であろうことはわかるし、彼女が何故訴えられたのか、ホワイダニットものとしてもユニークであるのはわかるが、如何せん話が専門的過ぎて細かいところがよくわからない。自分のバカさ加減を棚に上げてナンですが辛い採点となった。
 遥田たかお『ダイナマイトにつながったまちがい電話』は日本の暗殺組織のエージェントが一般人に間違い電話をしてしまい、彼は相手を消そうとするが、そうと知った相手から自分も殺し屋になりたいといわれ師弟関係に。現実離れした設定ながら、スキルフルな語りでシットコムに仕立て上げたところは買うが、ちょっと一本調子か。女性キャラも欲しいところだし、終盤に飛び出すヒネリ技をもう少し早くから出せなかったか。
 小溝ユキ『坊ちゃんのご依頼』も犯罪コメディもので、日本学校の女性教師が金銭管理の緩い金持ち中国人留学生のネット銀行のパスワードをゲット、預金額が三億円と知った彼女の同棲相手が口座から一部を引き出してしまう。そうしたある日、二人の部屋に突然その三億が送られてくる。くだんの留学生が誘拐され、その身代金だというのだ。というあたりまでは、驚愕の展開なのだが、真相はご都合主義的な方へ流れていってしまう。こういう話ならもっと生臭いというかノワールな味付けにしたほうがよかった気が。
 角張智紀『奈落の空』は朝起きたら、ヒロインの住む町が高さ六〇m、直径三キロの壁に囲まれていた。その原因もろくにつかめぬ三日後の夜、今度は突如大地震に見舞われ、この世界から重力が消失、住民たちは空に向かって落ちていった。彼女が次に目覚めると、町は元通りになっていて、時間が三日前に逆行していた……。全候補作中最大の問題作。スティーヴン・キングのパロディかと思いきや、大地震に重力消失にタイムスリップ等、仰天のアイデア乱れ打ち。さすがにここまでくると、大風呂敷の広げすぎ。後半復讐ミステリー趣向まで飛び出すとなればなおさらだが、深緑野分『この本を盗む者は』的なファンタジックな成長譚として、皆様にぜひ読んでいただきたい一作ではある。
 かくして全八本、個性的な作品は揃ったが、前回のような本命は見当たらず低調に終わった感あり。その中で大賞候補には『彼女は、二度殺される』をあげたのだが、他のお二人は『バーチャリティ・フォール』に軍配をあげた。専門的過ぎてよくわからなかった「から」点が辛くなった筆者とは異なり、わかりにくいところが多かった「けど」面白かったというのが、お二人の評価だ。わかりにくい作品であると評価したことは共通しているのだが、「だから」ダメではなく、「けど」面白いというほうが懐深いよなあ。南原さん、おめでとう。ワタクシの選評は見て見ぬふりしてください。

瀧井朝世

絶対不利に思える状況も解決してみせる、弁理士の活躍に惹かれた

 八作品もの作品が残った今回の今年の最終選考。大森さん、香山さんと評価が分かれた作品もありましたがバトルには至らず、穏やかに選考が進みました(と思う)。
 冒頭から惹かれたのは南原詠さん『バーチャリティ・フォール』。キャラクターがみな活き活きしていて、特許権侵害の事前交渉専門の弁理士という職業も新鮮、構成もしっかりしている。特許にまつわる法律のあれこれも「なるほど」と思わせ、絶対不利に思える状況をどう解決するのかで読ませる。ただ、唯一の難点が、法律の説明の難解さ。そこを素人にも分かるよう簡潔に嚙み砕いてくれたら文句なし。改稿に期待しつつ、大賞に推しました。
 金平糖さん『館と密室』は、これでもかというくらい密室ネタを盛り込んで、遊び心たっぷり。探偵役となる少女も謎めいていて魅力的、彼女の過去についても興味を持たせる。登場人物の属性に絡んだ名前などユーモアもたっぷりで、荒唐無稽な方向に振り切っているので細かいリアリティの欠如はさほど気にならない。充分楽しめたので、文庫グランプリ選出に異存なし。
 個人的に推したかったのは角張智紀さん『奈落の空』。ある日突然、壁が街を取り囲み外部から遮断されてしまう――というはじまりからキングの『アンダー・ザ・ドーム』を連想したが、まったく異なる展開だった。ものを縮小する装置、時間のループ、世界の反転など、特殊設定のもろもろに圧倒されたが、ツッコミどころが多いのも確か。改稿してなんとかならないかと思ったが、真相に関わる部分での瑕疵がどうにも修正不可能だろうということで(大森さんを説得することもできず)、涙を呑んだ。ただ、この発想力に大いに魅了されたので、またトライしてほしい。
 秋野三明さん『ぬるま湯にラジオ』は物語運びがとても上手で最後まで飽きさせない。一人称と三人称を混在させたのは意図なのか無意識なのか分からないが、その点を除けば文章も非常に読みやすい。謎の真相や犯人像に関してはあまり新鮮味を感じなかったが、気軽にすいすい読める一作といえそう。編集者の長尾のキャラが好きです。
 柊悠羅さん『不動の諜者』は、元警察官の女性がアイドルとなって潜入捜査をするという設定からB級なノリかと思ったら、がっつり練られた骨太なプロットで読ませた。序盤は主人公のキャラクターに突出した魅力を感じなかったが、彼女が抱える事情を知って、この人の今後の成長と変化を読みたいとも思った。シリーズ化できるかも?
 浅葱惷さん『彼女は二度、殺される』は、傀々裡という不思議な能力を持つ人々が登場する特殊設定もの。殺人事件発生→関係者一人一人に尋問→事件解決というシンプルな構成だが、ぐいぐい読ませるのはなんとも奇妙な謎と、丁寧な人物造形、情報を出すタイミングやテンポの的確さがあるから。しかし、傀々裡の能力は謎と真相に大きく関わるものの、その能力の見せ場がほとんどなく、事件のためだけに作り出した設定という印象。それが物足りなかった。ただ、本格ミステリを丁寧に構築できる書き手だと思う。
 遥田たかおさん『ダイナマイトにつながったまちがい電話』は、殺し屋に弟子入りという展開がなんともおかしい。ただ、弟子入りする動機は偶然に頼りすぎているし、そもそも動機としては説得力がない。個人的には弟子側よりも殺し屋側の視点のパートが楽しく、弟子の悪気のない言葉から自分の表の顔の評価を知って動揺する場面などは笑った。もっと、お互いの思惑の食い違いやすれ違いを強調してコミカルに描いたほうが、楽しめるエンタメになった気がしなくもない。
 コミカルということでいうなら、小溝ユキさん『坊ちゃんのご依頼』は、悪事を働いたカップルがなんとも珍妙な報復を受ける内容で、ここまでバカバカしい話を展開させるなら、もっと全体的にスラップスティック度を高めたらよいのにと感じる。なぜか憎めないチャーミングなキャラクターや、なにかしでかしそうでハラハラさせる強烈な個性の持ち主などを登場させ、会話をもっと軽妙にして、文章力だけで読ませる努力が必要では。