第23回『このミス』大賞 1次通過作品 九分後では早すぎる

軽やかさはやがて深さに――
謎を感じるセンスを備えた著者が綴る
六話の青春ミステリ

『九分後では早すぎる』入夏紫音

 一組の高校生男女を中心とする青春ミステリである。男子が古川景夏、女子が二ノ瀬あかる。二人は同じ寮で暮らす一年生だ。
 全六話で構成されたこの作品。第一話の主な舞台はコインランドリーである。二人は、寮からこの場所にやってきて洗濯するのだが、まず、その行動のいちいちがチャーミングだ。恋人未満の二人の心の動きを僕(つまりは古川)の一人称で語りつつ、二ノ瀬が経験したちょっと奇妙な出来事――コンビニで盗まれた二ノ瀬の傘が、なぜかその日のコインランドリーに出現した――を読者に示す。そしてその傘について二人が少し考えると、洗い物という日常のなかに、極めて不気味な空間が生じるのだ。豪雨の中、傘を盗んで持っていた人物は、傘があるにもかかわらず何故か五時間もこのコインランドリーに滞在し続けていた、という。
 二人の高校生にフォーカスしたその描写はなめらかで素敵だ。会話もリズミカルで心地良い。さらに、そうした文章の流れのままに謎を示して掘り下げていく手つきが素晴らしい。二人が推理役と推進役となって辿りつく事件の真相も、ロジカルであり、なおかつちょっとしたサスペンスがあったうえで、傘という題材に相応しい軽さでバランスよい。
 第二話では、犯行準備の周到さと犯行そのものの雑さのズレを、探偵役が謎としてキャッチしている。第一話の傘もそうだが、こうした“謎を感じるセンス”が、この書き手の魅力なのだ。
 そうした心地良い推理短篇が続くうちに、少しずつ物語の空気が変わってくるという展開も巧みだ。二年生に進んだ彼らは、(短篇集の探偵役らしく)謎解きを重ねながら、人間関係の難しさや、叶わない願いがあることなども知っていく。
 最後の二話は前篇後篇の構成となっていて、キーパースンが「そう行動しなければならなかった理由」などを丁寧に描いており、重さも苦味も兼ね備えた中篇として作品全体を締めくくっている。単純に同じテイストの短篇を(謎解きネタだけを変えて)六つ並べるのではなく、一つの大きな物語として変化やうねり、あるいは中心人物たちの成長を織り込んでいるのである。よくできた小説なのだ。
 タイトルは、著名なミステリを意識したものだろう。その元ネタを、複数の異なる切り口で本作品を結びつけた著者の努力は十分に評価したいのだが、元ネタの「九マイル」を起点とする推理のインパクトがあまりに強烈なので、我が儘だがもうひと頑張りほしくなる。また、内容面では、高校生探偵の心の持ちようの変化に、若干の既視感を覚える点も気になる。
 といいつつも、それらの疵は、本書の素敵さの総量に比べれば、ほぼなきに等しいもの。良質な青春ミステリとして、ためらわず二次に推す。

(村上貴史)

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