第23回『このミス』大賞 １次通過作品 謎の香りはパン屋から
パン屋で働く漫画家志望の大学生は
つぎからつぎへと謎を解く
『謎の香りはパン屋から』土屋うさぎ
大学一年生の市倉小春は、売れ残り欲しさにパン屋でバイトをはじめた。漫画家をめざしつつ、大阪府豊中市にあるパン屋〈ノスティモ〉で働いていた。あるとき同じパン屋で働いている親友の由貴子に、一緒にいくはずのライブビューイングをドタキャンされてしまう。誘ってきたのは彼女のほうなのにどうして、と疑問に思い、彼女の行動を振り返り、その理由を推理した。その後も、小春は、さまざまな謎に遭遇していった。
いわゆるお仕事小説であり日常の謎をめぐるミステリでもある本作だが、残念ながらミステリの部分が弱く、とくにリアリティに疑問が残るものもあった。めったなことでは現実にありえない真相へたどりつくのだ。通常だと、こうしたジャンルのものは、すでにプロ作家が山のように書いていることもあり、しかもミステリ部分が貧弱であれば、まっさきに落選の箱に入れてしまうだろう。だが、それでも主人公のキャラクターや日常がよく書けており好感がもてるし、謎をめぐって推理していく過程などふくめ、それなりに面白く読ませる作品だった。パン屋およびパンづくりをめぐる描写もしっかりしている。この味わいはあまりに捨てがたい。甘い判断かもしれないが、それだけプラスの魅力を感じた作品であり、１次通過作とした。
（吉野仁）
