第23回『このミス』大賞 1次通過作品 1962 流浪の殺人

昭和三〇年代後期の大阪を舞台に、
在日朝鮮人社会で起きた殺人を追う異色作

『1962 流浪の殺人』犬丸幸平

 在日朝鮮人のチョルソンは、北朝鮮の陸軍兵だったが、新たに政治犯を収容する二号管理所に配属された。そこは政治犯たちを奴隷扱いし、外に逃がさぬよう管理するのが主な任務だった。そのなかの独房では、元在日朝鮮人作家の館林順平が収容され、北送事業を推進するためのプロパガンダ小説の執筆を強要されていた。彼は執筆を拒み続けていたが、とつぜん原稿を完成させてみせた。それを不審におもった保衛局が館林を拷問するも誤って死なせてしまう。最後に残した言葉は、小説の舞台である大阪に実在する焼肉屋へ行けばすべてがわかるというものだった。チョルソンは、上官のリ・タルス少尉と後輩のキム・ジョンヒョクとともに日本上陸を命じられ、館林順平が原稿の中に隠した何かを探るという任務を与えられた。大阪に着いたチョルソンは店主のヨンスルに仕事を斡旋してもらい、彼の焼き肉屋でアルバイトとして働くことになった。そこで館林順平の兄、館林達則と知り合ったが、のちに達則は遺体として発見された。チョルソンは、容疑者をしぼり、犯人をつきとめようとした。
 まずは、この題材に挑戦し、読みごたえある小説にしあげたことを高く評価する。主人公のおかれた状況、時代性などすべてが緊迫感をはらむものだけに、サスペンスが凝縮されているのだ。1次予選の時点で落とすのはしのびない。ただ、時代考証、たとえばこの時代には使われていない現代的な言葉づかいなどにはもうすこし気を払ったほうがいいだろう。なにより、プロパガンダ小説に隠された謎をつきとめるためという理由で、この時代、わざわざ三人もの軍人を日本へ派遣させるだろうか、という疑問が浮かんだ。真相を含め説得力が足りないように思う。こうした細部の完成度をあげれば、より良くなるだろう。

(吉野仁)

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