第23回『このミス』大賞 1次通過作品 境界探偵とゴミ屋敷の殺人
仕事小説と探偵小説の合体に
思いもよらない新たな趣向が
『境界探偵とゴミ屋敷の殺人』成田京一
境界探偵ってなんぞや、と思いながら読み始めたら、文字通りの意味だったので驚いた。主人公のコウキは囲碁の世界でプロを目指していたが、23歳の夏を迎えてしまい、とうとう夢には手が届かなかったという人物である。仕方なく働き始めるも、今度はパワハラに遭ってしまう。人生に絶望しかけたところで救いの手が入り、土地家屋調査士事務所に就職する。その雇い主である若泉社長が、境界探偵だったのである。不動産登記をする際に、どこからどこまでが所有する土地なのかを明確にする必要がある。自宅を新築された方などは経験があるだろう。隣家と境界確認書というものを取り交わす。あれをやるための仕事だ。新しい世界に飛び込んだコウキが、見様見真似で仕事を覚えていく過程がまず描かれる。専門知識をひけらかさない書きぶりなので、この段階ですでにおもしろい。
旗竿地というものがある。家屋の建築は公道に面していないと許可が下りないため、土地から外の接点まで細長い庭部分を作ることがある。それを指す言葉だ。ある旗竿地は、背後にゴミ屋敷がある難しい物件だった。そこをコウキが調査している最中に、ゴミ屋敷で殺人事件が起きてしまう。旗竿地に隣接する家の住人によって土地は監視されていたわけで、視線の密室状態ということになる。この謎に境界探偵が挑戦するのである。
現代的な道具立てで古典的な謎解きを行うという試みであり、住宅建築という身近なモチーフをそこにはめ込んだ点に本作の独自性がある。なるほど、そういう手があったか、と私は思った。土地売買の世界は奥が深い。気が早いようだが続篇を要求されても作者はネタに困らないのではないか。アイデアだけではなく、書きぶりにもセンスを感じた。きちんと推理の過程を見せようという意志を感じるし、明らかになる真相も意外なものだ。これはぜひ、いろいろな人に読んでもらいたい。家を購入しようとしている人には特に。
(杉江松恋)