第23回『このミス』大賞 1次通過作品 ナノフィアの楽園

ドラマーが出会った聴覚障害の少年
父親の自死が思わぬ方向に……

『ナノフィアの楽園』服部倫

 ドラマーの青年とその女友達が、少年が男たちに絡まれているところにたまたま出くわして助け出した。だがその少年の父親が自死し、部屋に大金が残されていたことから、事件はきな臭い方向に向かい始める──。
 いやあ、これは面白い! 裏社会との抗争やアクションという動の部分と、自然科学の知識や緻密な謎解きという静の部分が絶妙に組み合わされ、まったく飽きさせない。主人公の一人称で進む軽ハードボイルドの味わいもいい。
 だが何よりいいのは、主人公から端役に至るまでの人物描写。主要人物にアフリカ系アメリカ人(のハーフ)、レズビアン、聴覚障害者などいわゆるマイノリティを配しているのだが、それが「何らかの意味を付与された設定」としてではなく、ただ普通にそこにいる人として描かれていること、属性ではなく性格や行動でその人物を表していることに大きな好感を持った。彼らの苦労も作中には登場するがそれを軽やかな笑いに変えたり逆手に取ったりという爽快な場面に転換されるし、読んでいる最中は彼らの属性を忘れるほどに自然に描かれている。存在しているのになぜかフィクションではいないことにされてしまう(あるいは逆に大きな意味を持たされる)人たちを、こういうふうに描けるのは素晴らしい。
 そんな執筆姿勢と、作中に登場する植生遷移と生物多様性の話がシンクロしているように思えたのだが、それは深読みしすぎだろうか?

(大矢博子)

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