第23回『このミス』大賞 1次通過作品 ラマダンの陽炎
中古車販売店の裏の顔は死体処理屋だった
数々の死体を消してきたムスリムの暴走を描く犯罪小説
『ラマダンの陽炎』松村富美男
二十一歳の時に志願兵として湾岸戦争に参加し、その給金を元手に来日して茨城県で中古車の修理販売店を開き、五年前の集中豪雨で次女・新菜と財産を失って千葉県に拠点を移した――そんな経歴を持つムスターファは、副業として死体処理を営んでいる。地盤改良用の生コンクリートに死体を混ぜて粉砕するのだ。敬虔なイスラム教徒であるムスターファは、聖地巡礼のために大金を必要としていた。
ムスターファは仕事仲間と口論し、相手を刺してその身体をミキサーで処分した。やがて梅雨が明けて台風の上陸予報が流れると、カトリック教徒の長女・真理亜が「人身供儀をしましょう」と提案する。その生贄に選ばれたのは、オーケストラ部の女子高生・市川紗絵だった。
ムスリムの男がヤミで死体処理を請け負い、心的外傷の原因である台風被害を避けるために少女を殺そうとする話。そう書くとナンセンスに見えるが、偏執的な人物造型とインモラルな空気感が説得力を生んでいる。複数のキャラクターを交互に描き、後半で結びつけるオーソドックスな構成も、冷徹極まりないプロットゆえに効果的だ。宗教関連の記述(および一部の語法)に留意する必要はあるが、それだけで退けるのは勿体ない。どす黒さが読者を選ぶ面は否めず、明朗なエンタテインメントの愛好家には勧めにくいものの、一つの世界を紡いだ佳作であることは確かだろう。
(福井健太)