第22回『このミス』大賞 1次通過作品 あなたの事件、高く売ります。

沖縄に十億円をばらまけ!
派手な犯罪の行きつく結末は?

『あなたの事件、高く売ります。』長瀬遼

 展開そのものに仕掛けがあり、なるべく予備知識なしに読んでほしいタイプの小説がある。この作品もそうだ。
 舞台は沖縄県。四人の女性が、ある信用金庫の支店を襲撃する。だが、店には彼女たちが要求した多額の現金はなかった。彼女たちは客と職員を人質にして立てこもり、日本政府に人質の身代金として十億円を要求する。ただし、身代金を受け取るのは彼女たちではない。一億円ずつに分けて、沖縄本島の十か所にばらまけというのだ。これは私利私欲ではない、コロナ禍で疲弊した県民を救うためである――YouTubeを通じてなされた声明に世間が湧く中、沖縄県知事も動き出す。一方、警察は犯人グループの一人の不注意から手がかりを得て、その正体を突き止めようとしていた……。
 これはまだまだ物語の序盤である。このまま、天藤真の『大誘拐』のような、犯人たちと警察との知略の限りを尽くした駆け引きが繰り広げられるのか……と思って読んでいたら、物語は意外な方向へと転がっていく。
 ストーリーの流れは至って巧妙だ。劇場型犯罪の幕が閉じた後も物語の勢いは衰えない。むしろ後半がメインといってもいい。新たな事実が明かされることで、派手な事件に謎が生じる。クライマックスでは、その謎を解き明かして、読者がこれまで読んできた物語の意味を書き換えてみせる。
 正直にいえば、弱点を指摘するのは容易だ。粗いところもある。だが、ミステリーとして見せたい趣向が明確で、それが示される結末まで一気に読ませる勢いのある作品として評価したい。

(古山裕樹)

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