第22回『このミス』大賞 1次通過作品 ミイラの仮面と欠けのある心臓
あの世に行くために謎解きをする死者、
という設定が成功している
『ミイラの仮面(マスク)と欠けのある心臓(イブ)』白川尚史
本作が今回の私の一押しである。
というか、誰が担当しても一次予選ならこれを推すと思う。二次でも。自分の箱に入っていたら小躍りする。最終選考には絶対残すべきレベルなんじゃないかな。
あまり詳しくないのだけど、物語の舞台は古代エジプトである。宗教改革に揺れている時代ということで、そうした状況が物語にも影を落としている。神官の主人公セティが目を覚ますとそこは冥界で、自分が死んだことを知る。セティはなんらかの理由で心臓が欠けており、死の審判を受けられない。そこでわずかに残ったカー、すなわち生命力を使って現世に戻り、自分がどのように死んだのかを調べようとするのである。カーが尽きるまでの三日間に戻れなければ、現世にも冥界にも行けず永遠に彷徨うことになる。
死者が現世に戻る物語というのは応募作品の定番なのだが、主人公に自分の死に関する謎解きという動機を持たせた点が強い。セティは自ら探偵役を務めるのだが、その最中にさらに大きな事件が起きて追われる立場になってしまう。タイムリミットが設定されているうえに巻き込まれ型のスリラーでもあるわけで、物語は一切遅滞することなく進んでいく。もう一つ起きた事件というのは密室からの人体消失で、これの謎も解かなければいけなくなる。自分を殺した犯人捜しに不可能犯罪の手口まで調べることになるわけで、謎解き趣味が十分すぎるほどに横溢しているのである。実に贅沢であるし、古代エジプトでなければ成立しない事件ということで歴史ものにする意味もある。
謎解きについては単純だが納得しうるものだと書いておこう。おもしろいのは上にちょっと書いた状況の問題が付加価値となっている点で、最後にあることが判明するとちょっとした驚きが生じる。最初から最後までサービスに徹した良作である。
(杉江松恋)