第22回『このミス』大賞 1次通過作品 空港を遊泳する怪人の話
国際空港で発生したLCC社長誘拐事件
一見単純な身代金目的と思われた犯罪の裏に
意外な動機が隠された劇場型犯罪ミステリ
『空港を遊泳する怪人の話』阿波野秀汰
東京の国際空港を舞台に、LCC(格安航空会社)社長誘拐事件に巻き込まれたパイロット志望の大学生が、バイト先である空港内カフェの同僚とともに、次々と様相を変える凶悪事件の裏に隠された意外な真相を探り出す劇場型犯罪ミステリです。
「今日、空港内でイースト・エアの社長が誘拐された。明日、身代金の受け渡しがこのカフェで行われる。身代金額はまず現金で一億円、その後仮想通貨で三十億円」。客もまばらな閉店間際の店内でアルバイト従業員の外崎快人は、見知らぬ男の客からそう告げられる。唐突かつ不可解な言動に困惑する快人だが、犯人の友人だと名乗った男は続いて拉致した際の動画を見せてきた。男は一体何者なのか、なぜ自分に打ち明けたのか。疑念を抱きつつも、翌日、年の近い同僚二人とともに客の様子をチェックする快人。やがて白いリュックを背負った落ち着きのない男がやってくるが……。
一介の学生に過ぎない主人公を説得力を持って誘拐事件という重大犯罪の捜査に絡ませるための工夫に感心しました。誘拐された社長と何の繋がりもない快人が犯人の共犯者と思しき人物に接触された理由、彼の職場であるカフェが身代金交換の場所に選ばれた理由、犯人が誘拐事件を起こした理由、これらがすべて有機的に連関して複雑かつ精妙な劇場型犯罪を構築しているのです。一見単純な身代金目的と思われた誘拐事件の引き金となったなんともやるせない過去の悲劇、ラストで明かされる簡単に答えの出せない重いテーマ、今の時代ならではのリアルな手法で人と人を繋げる手際など、評価すべきポイントも多く、一次通過作として十分水準をクリアしていると思います。ただし、タイトルだけはいただけません。これでは本作品の魅力はまったく伝わってこないので要再考。
(川出正樹)