第20回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み 奈落の空

『奈落の空』

角張智紀(かくばり・ともき)23歳
1997年生まれ。成蹊大学卒業。現在会社員。


「俺たちは飼育キットで飼われるペットなのかもしれない」
夏休みも終わりに差し掛かったある日、おにいはプラスチックケースを動きまわるカブトムシを見つめながら言った。
「ペット?私たちが?」
 私は居間で寝そべりながらも飼育ケースを眺めていった。透明なケースの中ではカブトムシがのそりのそりと足を動かしていた。
この子は近所にある水辺の大きな自然公園で私が捕まえてきた。
野生のカブトムシが見つかるなんてめったにない。逃がしたくないと駄々をこねる私を見かね、チサトさんが飼育キットを買い与えてくれた。焦げ茶色に湿った腐葉土をケースに流し込み、その表面に落ち葉や木の皮を敷いた。
最初は戸惑ってプラスチックのケースを叩いていたカブトムシも、一週間もすると新たな環境に慣れ、悠々自適に飼育ケースの中を散歩するようになった。
「そう、ペット。今俺たちがこうして飼育キットの中でカブトムシを飼ってるみたいにさ、俺たちも地球っていう飼育キットに飼われているただのちっぽけなペットなんじゃないかって時々思うんだ」
「この世界のどこかに私たちの飼い主がいるってこと?」
「うん、俺たちがプラスチックの容器に土や止まり木を適当に置いたみたいに、人間より何十倍、何百倍も大きな生き物がいて、ホームセンターで買ってきた『地球製造キット』を使って地球を作ったのかも。その中に適当に樹々を置いて森にしたり、水を入れて海にしたりして、夏休みの自由研究として人間たちの観察日記をつけているのかもしれない」
私は頭の中をスプーンでかき回されたみたいだった。私たちもカブトムシと同じように、大きな大きな生き物に飼われているのかも、なんて考えたこともなかったから。
「でも、地球の外には宇宙が広がってるって先生言ってたよ」
「その宇宙だって誰かがが作り上げた張りぼてかもしれない。宇宙をひたすらまっすぐ進んだら行き止まりになってて、そこを突き破ったら巨大な生命体がいるんだ。地震だって、そいつが気まぐれで飼育キッドを揺らしたのかもしれない」
おにいはそう言いながら飼育ケースを左右に揺らした。カブトムシは人間の手に抗うこともできず、怯えたようにあたりを見渡している。
「んん?難しくてよく分かんないよ」
「あははっ、ごめん。難しかったよね」
 私が膨れていると、おにいは困ったような笑みを浮かべながら私の髪を撫でた。
「まあ、自分達の見えている世界の外側に何があるかなんて、実際に見てみないと分かんないよなって話。ある日突然世界がガラッと変わって、ケージの中に閉じ込められる日が来ないとも言い切れないでしょ?」
「えー、漫画じゃないんだしそんなのありえないって」
私は笑いながらおにいの肩を叩いた。
「それもそうだな」
そう言ったおにいの顔はなぜか笑っていなかった。

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