第20回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み ダイナマイトにつながったまちがい電話

 殺人を商売としている者がどうしても避けられない事態のひとつに、『死にものぐるいのターゲットとおおがかりな戦闘に発展する』がある。もちろん毎回ではない。依頼条件にもよるが、マドラーの場合、十件ちゅう二件がせいぜい。しかし、そんな二件をこなした翌日は、さすがの彼も顔を腫らす。そして、それが、「どこでそんなケガしたの?」と他者から訊かれてしまうレベルなことだってある。
 その対策として、マドラーはふたつの道場にかよっている。柔道と空手だ。それがふたつである理由は、片方の道場でケガについて質問された場合、もう片方で負ったものだと答えなければならないからだ。
 どちらの道場でも、彼は、ひとづきあいを避けている。稽古ちゅうにだれかと世間話をしたりはしない。稽古のあとひとと飲みにいくこともなければ、忘年会に顔を出すこともない。そんなわけで、おなじ柔道場にかよっている豪田貴臣について彼が知っていることはかぎられている。こんな具合に。――身長一七五センチ前後。柔道三段。やくざかチンピラに見えなくもないこわもて。だが、じっさいはお調子者で、だれにでも隔てなく話しかける性格。道場内には友人が多く、よくバカでかい声で下ネタをしゃべっている。そういえば、「おまえってホンマ根は売れない芸人やんな」という大阪出身者からのコメントに対し、「売れないはよけいやろ」と、ヘタクソな関西弁で返したのが先週のことだった――。
 そんな豪田にかかってきた、あやしげなまちがい電話。いかにも面白ネタとして他言しそうな男だが、はたして……。
 セキュリティ上の問題から、マドラーは担当事務官にさえ本名や住所を告げていない。
 なのでレンチは、さも味気なさげに言った。「ま、このていどだ、いまんとこわかってんのは。いまカメがこいつのアパートに張りついてる。予想どおり夜勤に出かけてくれりゃ、もっといろんなことがわかるだろうぜ」
 マドラーはさりげなく額の汗をぬぐった。「わかって、どうする? あんたはいま、わたしに駆除を依頼しているのかね?」
 レンチは首を横にふった。「んなゼニはどっからも出ねえ。種野素夫だって、自分がめいわくかけた相手を殺したいだなんて、つゆほども思ってねえ。カメにまかせて穏便にすまそうと思ってる。ただよ、さっきも言ったように、種野のくちからは、すでにマドラーという単語がこぼれ出ちまってる。だから、スーパーバイザーってほど大げさなもんじゃないが、ちょっくらカメの仕事ぶりをチェックしてきてほしい。……ああ、もちろん、おまえかカメが、この豪田って野郎は息の根のひとつもとめないかぎりサツへひとっ走りだわ、と判断したら、そっからあらためて種野との値段交渉をやる」桐の箱から取り出した葉巻を一本、マドラーへさしだした。「……というわけでだ、おまえが現場判断でやっこさんの首をトリプル・アクセルさせたとしても、値段交渉がすむまでは、その結果が品性方向な世間のみなさまのきびしい審査眼に触れねえようひと工夫してもらいてえ。言ってることはわかるだろ?」
 マドラーは無言で葉巻をうけとった。
「ま、おれ個人の気持ちとしちゃ、ハナから駆除の方向で動いてもらってかまわねえんだがよ」レンチはピストル型のライターと葉巻カッターもマドラーに手わたした。「――ったくめんどうかけやがって。シューストリングじいさんが南米にあれほどでかいパイプを持ってなきゃ、じいさんらの方を駆除して終わらせたかったくらいだよ。正味な話。なあ、相棒?」
 葉巻はキューバ産の高級品だったが、マドラーの重たい気分を晴らす手伝いなどこれっぽっちもしてくれなかった。
 殺し屋ほど血も涙もない冷血漢はいない。
 小説や映画の世界においては、それが常識となっている。おおむねただしい。が、それに当てはまらない者も現実世界には大勢いる。マドラーはその内のひとりだ。
 彼には独自の倫理基準があり、その基準に達していないシロアリ野郎の駆除は極力拒否している。拒否しきれない場合もあるにはあるが、そんなときは代償として、鬱、悪夢、幻覚等に数週間、いや、ときには数か月単位で苦しめられることになる。
 駆除はそれ相応の罪をおかした人間にかぎる。それがマドラーの快眠の秘訣なのだ。
 とはいうものの、昨今の不況の波は営利殺人業界にも確実に押しよせてきている。あるのは裏カジノの借金か、政治家がらみの駆除ばかりで、善人によるまっとうな復讐は年々減少の一途をたどっている。
 えり好みが原因だと言われればそれまでだが、まちがい電話をうけたというこの男をべつにすれば、むこう半年ぶんのマドラーのカレンダーには、シロアリ駆除の予定が二件きり。ひとつは父親の遺産相続時に悪魔的な強欲さを発揮したシロアリで、もうひとつは二十五年まえ、友人に連帯保証人のハンコをつかせた翌日とんずらしたシロアリ。しかも、これらが死でついぐなわねばならないほどの罪であるかどうかは、彼の基準上、ギリギリといったところ。
 ああ、待てよ。罪悪感をおぼえる必要のない駆除といえば……。
 マドラーはたずねた。「そういえば、法廷で心神喪失を演じさせたらオスカー級だって大絶賛の連続強姦魔はどうなった?」
 レンチは首をすくめた。「ああ、あれか。ありゃ、まだ本決まりじゃねえ。いま営業部が話をつめてるところだ。クライアントがガンコらしくってね。どうしても駆除の瞬間に立ち会いたいっつってゆずらないんだとさ。やれやれだ。営業部はちゃんと説明したらしいんだぜ。くされ外道の断末魔を聞いたって、安ワインの味がロマネ・コンティに変身することはありませんよって」
「ふうん……」というあいずちにとどめたものの、それが建前であることをマドラーは承知している。なにをかくそう、よくあるのだ。外道の断末魔によって安ワインの味がビンテージ級に跳ねあがることは。
 ものごころついたときから今日にいたるまで、マドラーは一貫して、真の復讐とは被害者本人の裁量によってなされるべきだ、と考える一派に属している。加害者有利といわれるこの国の司法の定めた刑罰なるもので救われる魂など、この世に存在するはずはない。個人的な経験からも、彼はそう確信している。
「クライアントが現場に立ち会いたがっているのか」マドラーはつぶやくように言った。「わたしならかまわないな。もし彼女に、殺し屋のサングラスやカツラやシークレット・ブーツを興味半分ではぎ取らないだけの奥ゆかしさがあるのならな」
 レンチはその発言を意外に思ったようだ。「おっと、そうかい。おまえの事務官になって五年になるが、知らなかったよ。おまえほど神経質なやつが、まさかクライアントとの直接コンタクトを許可してくれるだなんてな。だが、ありがてえ。さっそく営業部のやつに、そう伝えとくぜ」

つづく

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