第20回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み ダイナマイトにつながったまちがい電話

『ダイナマイトにつながったまちがい電話』

遥田たかお(はるかだ・たかお)39歳
1981年生まれ。千葉県四街道市出身。
大学卒業後、現在は警備会社勤務。 


      1.きっかけはうっかりミス

 マドラーは、糸のこぎりと梱包用ロープの領収書に、『家宅侵入シーンの撮影用』と裏書きする手をとめて、事務官に視線をやった。
 家系図のどこかにブルドックがまざっていると思しきその事務官は、ライターの火をくちもとのタバコへ運ぼうとしていた。事務用デスクにおかれている灰皿のタバコは、マドラーが二十分まえに確認したときより十本ばかり増えている。
「どうやら悪いニュースがあるらしいな、レンチ」マドラーはたしなめるように言った。「いつものくせが出ているぞ」
 レンチと呼ばれたスキンヘッドの男は、指にはさまったタバコをまじまじ見た。「ああ、またやっちまったか」
「もうじきワールドカップ予選がはじまる」このときマドラーは、事務室の来客用テーブルで、経理明細書と領収書をまとめているところだ。「だから言いたいことがあるのなら、この作業が終わるまえに言ってくれ」
「ご察しのようによ、マドラー。ちょっとした問題が起こっちまったんだ」レンチはタバコの灰を灰皿に落とした。「じつは昨日の駆除なんだがな……」
「昨日? ということは阿久秀康の一件か?」
 マドラーに心あたりはない。阿久秀康(あく ひでやす)がみずからの脈拍を自在にとめておける特殊能力の持ち主でもないかぎり、マドラーが彼の屋敷を出ていくよりまえに、まちがいなくその家主は三途の川のむこう側へと船出していた。そしてあの出航者が阿久秀康そのひとだったことも、首をしめるあいだの退屈しのぎに相手の顔をじっくりおがんでいたマドラーには確証があった。
 レンチはかれこれ二十三本めのタバコを吸って吐いた。「おれよう、土壇場んなって、時間変更をおまえにたのんだろ」
「ああ。たしかクライアント――種野素夫(たねの もとお)とか言ったっけ――のアリバイが間にあわなくなったと言ってたな」
「そう。んで、おれが本人から連絡をもらったのは、そのきっかり一分まえだった」
「それのなにが問題なんだ?」
「あの種野って野郎、予定どおりにアリバイをつくれねえと気づいたとき、そうとう泡食ったんだろうな。おれに電話をよこした時点で、いくつものミスをおかしてやがったんだ」
「ミスだと?」
 これがマドラーにとって寝耳に水だったのには事情がある。暗殺のみを専門とするこの男は、直接クライアントと会うことも、電話で話すこともしない。それが彼らの所属する〈組織〉のシステムなのだ。したがって、もしクライアントが予定外のクソを道のとちゅうにまき散らしたとしても、その初報をうけるのは、おなじ道に自分のくつ跡をのこしてゆくことになる暗殺担当者ではなく、まったくべつのところにいる事務官、すなわちレンチなのだ。
「ま、ひとつずついこうや」ブルドッグ似の事務官はつるピカの頭をなでた。「やつのミス、その一。連絡用ケータイのバッテリーが切れていたことに、いざおれに連絡しようとする寸前まで気づかなかったこと。ミスその二。だからって自分名義のケータイでおれに連絡しようとしたこと。その三。そっちのケータイが番号通知設定のままだったこと。その四。そのとき番号を押しまちがえたこと。んでもって、とどめのその五。このバカときたら、電話ぐちに出た相手がだれなのかろくすっぽ確認もせず、一方的に用件をまくしたてちまったんだとよ」
 マドラーは目をしばたいた。「だれに用件をまくしたてたって?」
「一般人さ。もしくは、ランダムな第三者。もっとしぼりこむと、〇九〇はじまりのケータイを持つ、全国ン千万人のうちのひとり」レンチは肩をすくめた。「まいっちまうぜ。暗殺の予定を十八時半にずらしてください。急用ができてしまって、その時間までアリバイがつくれません。マドラーさんはもう千河駅に着いているのでしょうか。ひとつとなりの葉島駅にマクドナルドがあったと思うので、よければそこでしばらく時間をつぶしていてください。そこまでくっちゃべってから、ようやく相手に言われたそうだ。あんた、番号まちがえてるよ、ってな」
 指先で万年筆をくるくるまわしながら、マドラーは思考をめぐらせた。
 ――ええ、そうなのよ、おまわりさん。そこの通りでおしゃべりをしていたとき、このへんじゃ見かけない男のひとに阿久さんの住所をたずねられたの。たしか夕方六時半ごろだったわ。そのひと、暗いのにサングラスをかけて、おおきなマスクをつけて、やたらと周囲をキョロキョロしてたんで、あやしいな~とは思っていたんだけど、まさか強盗だったとはねえ――。
 こういう証言ほしさに、わざわざ井戸ばた会議ちゅうのおばちゃんたちのまえで演じたサル芝居が、いまやアキレス腱となっているわけだ。では、まちがい電話をうけたという人物が、あのおばちゃんたちの証言をニュースで見てしまったらどう思うだろう?
 ――ちがうちがう。この報道は見当はずれだ。おれに電話をかけてきた男こそが阿久秀康の殺害をたくらんだ本当の黒幕で、いまニュースで取りあげられているあやしい人物というやつは、まちがい電話をかけてきた男のアリバイを保証した、マドラーとかいう暗殺者にちがいない――。
 よっぽど救いようのないアホでないかぎり、この点と点をむすぶのに五分とかかるまい。
「おいおい、マドラー。くれぐれも悪く思わねえでくれよ」あきらかにレンチは、殺し屋のもてあそぶ万年筆の先がとがっていることを気にしている。「……その、あれだ。おれがこの事実を知ったのだって、つい三時間まえなんだ……」
 当面、マドラーにペンまわしをやめるつもりはない。「たしかにクライアントは、マドラーと言ったのか?」
「ああ。本人の記憶によればな」
「なぜ、わたしのコードネームを知っている?」
「おれじゃねえよ。おれじゃねえとも。犯人は爆薬じいさんさ。おまえにも言ってあったよな、今回のクライアントは、爆発物とりあつかい部長のシューストリングじいさんの親戚だって。さっき問いつめたら、じいさんゲロったよ。甥っ子を安心させたくて、思わずおまえのコードネームと簡単なプロフィールをしゃべっちまったって」
 ペンまわしのスピードはさらにあがる。「ではそれはそれとして、『殺し』という言葉を種野がくちにしたことについてはどうだ? たとえやつの電話がただしくおまえにつながっていたとしても、ターゲットを、『シロアリ』、殺しを、『駆除』と言わねばならなかったはずだ。ちがうか? なぜこのルールが徹底されていない?」
「おれのまえじゃ、きちっとそう言ってた。まちがいなく、しっかりやっていた。いまのおれに言えるのは、もしやつがテンパってなかったら、まちがい電話んときもちゃんとやっていたはずだったってことだ」

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