第20回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み 仏もときに幾何学する

『仏もときに幾何学する』

東埜昊(ひがしの・そら)35歳
1986年生まれ。首都大学東京卒業。


第一章 六道の辻

一 南無釈迦牟尼仏

 一秒間に数百兆個のニュートリノが人体を通過しているという。しかし、ニュートリノは電荷を持たないために何とも反応せず、誰にも気付かれずに宇宙を気ままにさまよう。ゆえにニュートリノの存在は仮定できても、観測することは非常に難しい。
 慈道弥七(じどうやしち)はノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章(かじたたかあき)教授の講演を思い出していた。ニュートリノとは万物を構成する素粒子の一つである。
 霊魂がもし存在するとしたら似たようなものであろうか。数多の生命が生き死にを繰り返す地球上では、どこもかしこも霊魂に溢れていそうなものだが、慈道はそれらに干渉できる者に巡り合えたためしがない。
 純粋数学を専攻し博士課程一年になる慈道が霊魂に対して思いを巡らせていたのは、あの世とこの世の狭間で有名な、六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)を訪れていたからであった。
 京都市東山区にある六道珍皇寺では、毎年八月の七日から四日間、六道まいりと呼ばれる行事が行われている。十万億土からやってきた先祖の霊が子孫の元へ正しく帰還できるよう、迎え鐘を鳴らすのである。鐘が放つ霊的な波動を受信した先祖はその波源へ向かい、参詣者が参道で購入した高野槙(こうやまき)に宿るといわれている。
 今日は六道まいりの初日。参道では高野槙が買える箇所が何店もあるのに対し、迎え鐘は唯一つしかない。ゆえに鐘を鳴らそうと首を長くして待っている長蛇の列が、なんと東門を抜けて境外へ、北門に面した八坂通(やさかどおり)にまで達していた。
「あの世とこの世が交差する場所だからと聞いて興味本位で来てみたが、暑さでそれも薄まったな」
 並び始めて五分弱。慈道は雲一つない青空を見上げ、オゾン層を掻い潜って降り注ぐ紫外線の雨にさらされながら、京都の酷暑に心底参っていた。Tシャツの襟ぐりを摘んだり放したりを繰り返している。
「ほうら、やっぱり帽子が必要だったでしょ。本日の最高気温、三十七度ですからね。覚悟してくださいよー」
 三つ下の後輩、柴山明美(しばやまあけみ)が麦わら帽子のひさしの角度を微調節して、したり顔を憎らしく見せつけてきた。明美も数学科の学生で慈道とは二年の付き合いになる。ちなみに一浪しており現在は学部三年生である。
「三十七……」
 慈道は無意識に片方の頬を引きつらせた。同じ場に居合わせているとは思えないくらい、慈道と明美には温度差がある。帽子の有無ではなくモチベーションの違いだ。
 慈道はたまらず舌打ちをして、ことの経緯を振り返った。
 大阪で行われた代数幾何学を主題とする研究集会がつい昨日終わり、本当であれば朝一に新幹線で東京へ帰り、冷房の効いた大学の研究室でフィードバックをしているはずであった。せっかく大阪に来たのだから、京都にも寄っていかないと罰が当たると明美がうるさかったのである。理系でありながらデジタル機器に著しく弱い慈道は、発表に使うスライドの作成などを明美に一任しているため、ある程度彼女のわがままに付き合っておかないとそれこそ罰が当たるかもしれない。しかしながら、この猛暑の中ではその後輩に対する配慮もかすみつつあった。
 慈道が塀の向こう側にあるであろう迎え鐘に恨めしくガンを飛ばしていると、ゴーンという重厚な金属音が二連続で伝わってきた。間もなくして前方から連鎖的に参詣者がシフトしてゆく。
「六道の辻か……確か、天、人間、修羅、畜生、餓鬼、地獄の六つだっけ。あの世の分類」
「よくすらすら言えますよね」
 慈道は昨夜、明美がインターネットで調べていた、あの世とこの世の境目である六道の辻の由縁について思い出していた。
 仏教では、絶命しても来世で生まれ変わり続ける輪廻転生という考えが根底にある。釈迦が説いた一切皆苦――この世の一切は苦である――を認めれば、生ある者は転生してもそこには苦しかない。ゆえに輪廻に縛られた生命は永久に苦の螺旋を進み続ける。絶命した者の魂は閻魔大王によって見立てられ、現世の所業によって、天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道のいずれかへ転生させられる。この六つの世界を六道という。
 伝説によれば、死後の世界である六道と現世が高次的に交差している地点が六道の辻であり、それは六道珍皇寺山門のすぐ手前というのが通説である。そこには「六道の辻」と彫られた石碑があり、観光客はそこで写真撮影を行うのが慣わしになっているようだ。
「先輩は何か霊的なものを感じますか?」
「暑さ以外のものは何も。お前は?」
「残念ながら霊感ゼロなんで」
「だったらなんでこんな所に来たいと思ったんだよ。お前が言い出したんだぞ」
「先輩だって最初は面白そうだって乗り気でしたよね」
「そうだっけ? だいたい、先祖の戒名も知らずに迎えようだなんて、にわか感丸出しなんだよ」
 慈道は水塔婆(みずとうば)――霊として迎える先祖の戒名や俗名を記す薄い経木――を明美に示し、宙を二、三叩いた。
「うー、そこを突かれると……」
 明美は顎を引き、麦わら帽子のひさしで慈道の視線を遮蔽する。
「むしろ、なんで先輩はご戒名を覚えているのか不思議なんですけど……」
「墓参りに親の実家に行けば仏壇にある位牌を目にするだろう。十個以上の見たこともない漢字の羅列を見たら、普通は感動して覚えようとするよな」
「そ、そうでしょうか」
「普段からなんとなくで生きているからだ。注意力散漫だぞ」
「すみませーん」
 変にイントネーションの高い明美の物言いにはまるで気持ちが伝わってこない。

ページ: 1 2 3