第20回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み 不動の諜者

 俺がこれ程までに熱を上げているMy SeLectionが誕生したのは今から三年前の二〇一八年だ。それまではmy selectionというグループ名で二〇一六年から三人で活動していたが、メンバーの新木奏(あらきかなで)が法曹界への転身で勉学に専念するため卒業し、その後メンバー補充のオーディションを経て、鈴代瀬凪が加入。鈴代、渡邊、竹田の三人態勢である現在のMy SeLectionとなった。俺がマイセレに熱を上げ始めたのは鈴代瀬凪が加入した後だ。
 周囲がざわざわし始めた。どうやらメンバーがレーンに入ってきたようだ。ついたてがあるので俺の位置からでは彼女たちは見えない。
 女性ファンの歓声が上がる。女性ファンが多いのは渡邊玲だろう。
 彼女はショートカットのボーイッシュな見た目や口調から女性ファンが圧倒的だ。男顔負けのイケメンで、男性ファンからは尊敬の眼差しすら向けられている。俺も彼女には間違いなく負けている自信がある。
 この人気を押し上げているのは、彼女がプロレベルのギタリストであることも関係しているだろう。彼女はグループでの活動をしっかりとこなしながら、シンガーソングライターとしてもソロ活動を行っており、新型コロナウイルス蔓延前には単独ライブも行っていた程だ。
 逆方向で男たちの雄叫びが響く。すかさずアナウンスで大声を出したファンへの注意が入る。
 圧倒的に男性ファン率が高いのは竹田舞奈だ。
 彼女はグループ最年少の二十歳で、グループ内でも妹的ポジションである。そしてアニメオタクで有名だ。重度のオタクであることからアニメ業界でも顔が広く、声優の友人も多いらしい。アニオタ界隈でも一目置かれる存在だ。
 彼女の人気の理由は間違いなく、男が好きな童顔に巨乳というそのルックスにある。彼女の水着グラビアが掲載されると、その号は必ず重版するとまで言われている。グラビア掲載雑誌の重版というのは、普通ありえない。
そして甘い声だ。この声はアニメに出て来そうだとファンには昔から言われており、その声あってか、去年にはアニメへの出演まで果たした。
前方でも僅かに声が上がる。鈴代瀬凪の登場だ。それと同時に列が動き出す。
彼女はグループ内では一番下の後輩だが、最年長の二十二歳だ。グループには途中参加だったがすぐに人気は一番となり、不動のセンターとなった。
彼女の人気の理由は才色兼備なところである。スタイル抜群で男性からも女性からも好かれる体型だ。そして、格闘技に長けており、空手・柔道・剣道全てで有段という異才だ。勉学もでき、言葉遣いも丁寧で、そして頭の回転も早く、バラエティーに出演した際には手練れの芸人にも負けない活躍を見せてくれる。寧ろアイドルよりももっと活躍できる場があったのではないかと思ってしまうほどだ。
だが、彼女はアイドルの道を歩くことを選んだ。警察官として活躍することを捨てて。
彼女、鈴代瀬凪は、警察学校出身の元警察官だ。それも警察学校時代には、総代にまで登りつめた超優秀な警察官だったという。だが、彼女はこの業界に足を踏み入れた。ファンにとっては、こちらに来てくれてありがとうという気持ちが強いが、不思議だと思う気持ちも強い。この業界に入った理由は明かしているが、本当にそれだけなのか。彼女のみぞ知ることで、一般人が知ることはない。
早くも俺の番が近づいてくる。一気に緊張してきて、手汗が出てくる。それを慌ててズボンで拭う。珍しいこともあるものだと、自分でも不思議なくらい冷静な考えが過ぎる。
話すことは決まっている。握手会の会話はファンにとっては緻密に考える作戦だ。僅かな時間で伝えたいこと、聞きたいこと、その全てを詰め込まなければならない。
だが俺はここに心配はない。伝えることが一つあるだけだ。一秒もあれば伝えられる。このご時世だ。アイドルも大変だ。この言葉さえ伝えられれば、俺は悔いなく東京に帰ることが出来る。それが、今日ここに来た理由だ。
俺の番が回ってくる。再度手指を消毒し、手のひらを係員に見せる。危険物を手元に隠し持っていないかの確認だ。
前の人が名残惜しそうに『剥がし』と呼ばれる係員に剥がされていく。
「次の方一枚です。どうぞ」
 俺の番だ。
 今回は感染症対策のためにアクリルボードがファンとメンバーの間に立てられており、下の隙間から彼女の手が差し出されている。
「こんにちはー」
 鈴代瀬凪が笑顔で挨拶をしてくれる。その笑顔は、少し不自然にも見えた。
 俺は彼女の手を取り、息を深く吸い、言いたかった一言を、しっかり彼女に聞こえるように言った。
「凪は来た」
 彼女は満面の笑みを浮かべた。
「わざわざ遠くからありがとう」

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