第20回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み 切断

『切断』

岩崎綾(いわさき・あや)18歳
2002年生まれ。大学生。


 浜野宏大は思わず顔をしかめた。見慣れているとはいえ、これはワースト三位には入るひどさだ。
「えぐいな」
「見事にバラバラですね」
 後ろから沢田春香が覗き込んでくる。
「気分悪くなりそうです」
「ここで吐くなよ」
「私は大丈夫です」
 早朝に雑木林で見つかった死体は、黒いポリ袋に入れられていた。異様なのは、その死体がバラバラに切断されていることだ。
「欠けているところはないんですか」
「ありません」
 死体を検分していた鑑識が振り返る。
「死体の状況は?」
「首、肩、肘、手首、足の付け根、膝、足首で切断されています。また、胴体と二の腕がやけどを負っています」
 つまり、死体は十四個に切断されていたということだ。
「ひどいな。やけどは死後か」
 胴体の腹にも背中にも、それから二の腕の真ん中あたりにも、アイロンでも押し付けたかのような、焼けただれた跡がある。
「それはこれから調べますが、おそらく死後でしょう」
「他に傷は?」
「左胸に刺し傷があります。ナイフで一突きでしょう。この傷による出血多量が死因とみられます」
 切断面の写真を見せられる。
「あと、一部の切断されたところに、紐のような細いものでこすれたような跡がありました」
 わかりにくいが、たしかに少し赤くなっている。擦過傷だ。
「一部ということは、全部ではないんですか」
 沢田が写真を覗き込む。整った眉が、かすかに歪んだ。
「はい。手首と足首、足の付け根に跡がありました。他にはありません」
「それも死後ですか」
「まだわかりません」
 頭を下げると、鑑識が去っていく。
「沢田。どう思う?」
「何がですか」
「死体の状況だ。切断されて、さらに焼かれている。犯人の目的は何だと思う?」
「切断しただけなら、運搬と隠滅を楽にするだめだと考えるのが一番自然かと思います。ただ、そう考えると、不自然な点がいくつかあります」
 推理小説ではよく登場するバラバラ死体。小説ではその理由が凝っているが、現実では死体の処分に困って切断したというのが一番多い。ただ、そもそも事例が少ないため、参考にできるものがほとんどない。
「例えば?」
「死体を隠したかったのなら、こんな場所には置かないと思います。雑木林の中とはいえ、人は通りますし、黒いポリ袋が落ちていたら、怪しいと思われます」
「そうだな。不法投棄が多い場所ではなさそうだから、こんなところに捨てるのは不自然だ。まして、今は夏だからな。死体が腐って、においで気づかれる可能性も高くなる」
 現に、この辺りはひどいにおいだ。今日は九月の二十四日で、もうすぐ十月になるというのに、異様に暑い。
「それから、運ぶのを楽にすると考えても、違和感があります。あの袋に入れるためと考えたら切断するのはうなずけますが、切断したのならひとつの袋で運ぶのは効率が悪いです。いくつかの小さい袋にわけた方が運ぶのは簡単ですし、見つかりにくくもなります」
「ああ。俺もそう思う。切断しても重さは変わらない。男ひとり担ぐのは大変だろう。それに、袋に入れたいって理由だけで、切断するとも考えにくいな。切断するのにかかる労力と釣り合わない」
「はい。それだけの労力をかけたのなら、もっと見つかりにくい方法をとるはずです。それなのに、こんなところに捨てたのは、理解ができません」
 雑木林に明かりはない。だから、夜は真っ暗だろう。だが、昼間はそれなりに日が差すし、人がまったく通らないわけでもない。
「車がなくて、ここにしか処分できなかったということでしょうか」
「切断したんだから、小分けにすればいい。そうしたら、車なんてなくても運べる」
「じゃあ、切断してから何回かに分けてここに持ってきて、それをここで一つの袋に詰めた、とか」
「面白い案だが、却下だな。そんなことをする理由がない」
「警察を混乱させるため、とか駄目ですよね」
 浜野はうなずいた。
「駄目だな。警察がそれを疑問に思ったところで、捜査の仕方は変わらない。あとで問い詰められるだけだ。そんな面倒なことをする理由がない。それに、むしろ証拠が残る確率が高くなるだろ。毛髪とか」
 死体に触れる時間が長ければ、証拠が残りやすくなる。そのリスクを冒してまで警察を混乱させたいというのは、現実味がない。
「じゃあ、死体を見つけてもらいたかった、とか」
「その理由は?」
「警察への挑戦とか。駄目ですね。くだらなすぎます」
「もしそうだとすると、快楽殺人のセンが強くなるな。死体を切断したのも、趣味だったってことか」
 そういう人が、いないとは言えない。
「死体が必要以上に傷つけられていますし、その可能性も十分あると思います」
「そうだとしたら、最悪だな」
「犯人が絞りにくいからですか。身内ではない可能性が高くなりますし」
「それもそうだが、本当に快楽のために殺してるんだとしたら、一回で終わらないかもしれない。一人を狙ったものじゃないってことだからな」
 沢田が息を飲む。その顔色は悪い。
「次の犠牲者が出るってことですか」
「その可能性もあるってだけだ。鑑識の細かい結果も出ていないし、まだなんとも言えない」
「死体が切断されているとなると、犯人は男でしょうか」
「断言はできないが、たぶん男だな。子どもならまだしも、大人の男を女性が切断するのは、かなり無理のある話だ」
 刺し殺すだけならできても、それを切断するとなれば話は変わってくる。
「第一発見者は今どこに?」
「相当混乱して興奮してたから、休ませて様子を見ているらしい」
「あの死体を見たのなら無理もありませんね。刑事の私でも、あまり見たくありませんから」
「ああ。だけど、それなりに時間は経ってる。もう大丈夫だろ。聞きに行くぞ」
「はい」
 腕に寄ってきた蚊をつぶす。誰かの血を吸った後だったのだろう。手の平と腕に赤がついた。

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